食後の唄(抄)

  金粉酒  

Eau-de-vie de Dantzick オオ ド ヰイ ド ダンチック

黄金こがね浮く酒、

おお五月ごぐわつ、五月、小酒盞リケエルグラス

わが酒舗バア彩色玻璃ステエンドグラス

街にふる雨の紫。

 

をんなよ、酒舗バアの女、

そなたはもうセルを着たのか、

その薄い藍の縞を?

まつ白な牡丹の花、

はるな、粉が散る、匂ひが散るぞ。

 

おお五月、五月、そなたの声は

あまい桐の花の下の竪笛フリウト音色ねいろ

若い黒猫の毛のやはらかさ、

おれの心をかす日本につぽんの三味線。

 

Eau-de-vie de Dantzick オオ ド ヰイ ド ダンチック

五月だもの、五月だもの──

                (Amerikaya-Barに於て)

 

  両 国

 

両国の橋の下へかかりや

大船おほぶねはしらを倒すよ、

やあれそれ船頭が懸声かけごえをするよ。

五月五日のしつとりと

肌に冷たき河の風、

四ツ目から来る早船のゆるやかな艪拍子や、

牡丹を染めた袢纏はんてんの蝶々が波にもまるる。

 

灘の美酒、菊正宗、

薄玻璃うすはりさかづきへなつかしいを盛つて

西洋料理レストウラントの二階から

ぼんやりとした入日空いりひぞら

夢の国技館の円屋根まるやねこえて

遠く飛ぶ鳥の、夕鳥の影を見れば

なぜか心のみだるる。

 

  珈 琲

 

今しがた

すすつて置いた

MOKKAモカのにほひがまだ何処どこやらに

残りゐるゆゑうらかなし。

曇つた空に

時時は雨さへけぶる五月の夜の冷さに

黄いろくにじむはな電気、

酒宴のあとの雑談の

やや狂ほしき情操の、

さりとて別にこれといふ故もなけれど

うら懐しく、

何となく古き恋など語らまほしく、

じつとして居るけだるさに、

あてもなく見入れば白き食卓の

花瓶はながめにほのぼのと薄紅うすくれなゐの牡丹の花。

 

珈琲かふえ、珈琲、苦い珈琲。

伊東市立木下杢太郎記念館