秋扇や生れながらに能役者
踊見る踊疲れを憩ひつつ
夜学児の暗き項のくぼみかな
時雨傘開きたしかめ貸しにけり
忽然と凧が下りきし軒の空
十棹とはあらぬ渡しや水の秋
通り雨踊り通して晴れにけり
閉ぢがちとなりし障子やこぼれ萩
秋晴や歩をゆるめつつ園に入る
鈴蟲は鳴きやすむなり蟲時雨
雨音のかむさりにけり蟲の宿
とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな
仕る手に笛もなし古雛
金魚大鱗夕焼の空の如きあり
赤く見え青くも見ゆる枯木かな
借覧す甲子夜話あり榾の宿
静かなる自在の揺れや十三夜
八方に山のしかかる枯野かな
磐石に乗つかけてあり小鳥小屋
杉葉もてもさと葺いたり小鳥小屋
水仙や古鏡のごとく花をかかぐ
たんぽぽや一天玉の如くなり
牡丹の花に暈ある如くなり
玉の如き小春日和を授かりし
雪残る汚れ汚れて石のごと
白猫の綿の如きが枯菊に
春月の病めるが如く黄なるかな
春潮や袋の如き浦戸湾
死の如き障子あり灯のはつとつく
傷のごと山の額に残る雪
神のごと浴女睡れり囀りに
春寒や貝の中なる櫻貝
ひく波の跡美しや櫻貝
二三枚重ねて薄し櫻貝
紙の上に欠けざるはなき櫻貝
つく杖の銀あたたかに蝶蝶かな
ものの芽のほぐれほぐるる朝寝かな
毎日の朝寝とがむる人もなし
世にまじり立たなんとして朝寝かな
芥子咲けばまぬがれがたく病みにけり
労咳に利く薬無し秋昼寝
夏まけとかくしがたなくやせにけり
風邪熱の冷めて夜深し水仙花
又一つ病身に添ふ春寒し
二三子の扶持するありて花に病む
あなどりて四百四病の脚気病む
羅をゆるやかに着て崩れざる
日の障子太鼓の如し福壽草
沈丁の香の強ければ雨やらん
村人に倣ひ暮らしぬ吊し柿
大富士の現れゐるや望の宿
芋の露姥子の宿ははや寝たり
月待つや指さし入るる温泉の流
山に彳ち山山見つる良夜かな
十五夜の遅き温泉壺に宿の者
麦笛を吹けば誰やら合せ吹く
椿咲き木瓜咲きやがて百ヶ日
俤やいつも砧を打ち打ちて
もの妬たし春の炬燵の群にもれ
チチポポと鼓打たうよ花月夜
めりがちの鼓締め打つ花の雨
春愁や稽古鼓を假枕
花散るや鼓あつかふ膝の上
小鼓のポポとうながす梅早し
人人に年惜めやと鼓打つ
鳴神や暗くなりつつ能最中
我庭の良夜の薄湧く如し
炭竈に塗込めし灯や山眠る
炭竈に火を蔵したる静かかな
炭竈の後辺にすこし小柴垣
炭竈に日行き月行く峡の空
炭竈に燃えつづく火の去年今年
渋柿の滅法生りし愚さよ
夢に舞ふ能美しや冬籠
一圓に一引く注連の茅の輪かな
廣前の空白に立つ茅の輪かな
一圓を立てて茅の輪に内外あり
眼にあてて海が透くなり櫻貝
山眠り激流國を分ちたる
天龍も行きとどこほる峡の冬
冬山の倒れかかるを支へ行く
冬山の我を厭ひて黙したる
流木の行くを天日寒く瞰る
冬山の重圍に陥ちし身一つ
天龍の落つるを阻み眠る山
冬山の威に天龍も屈し行く
枝垂梅音楽の如しだれけり
野良淋し通る娘に田螺鳴き
灯の数のふえて淋しき十夜かな
寒牡丹挿して淋しさ忘るるか
鳥おどし動いてゐるや谷戸淋し
濱淋し打ち上げし藻に蠅生れ
晝顔に認めし紅のさみしさよ
芥子坊主一つ出来たる淋しくや
みちのくに田螺取り食ひ在りと知れ
県道と林檎畑あり雪消えて
嶺雪の減りつまさりつ木木芽ぐむ
山脈に暮春の雪や百花咲く
東京の上の冬雲襤褸のごと
室咲や一誌出さうずはかりごと
激流に密室の如紅葉谿
桑枯れて天龍河原遠白く
山眠る最中に我を現じたる
冬山の拒み塞げる行手かな
霜柱魔法の如く倒れ失せ
菜を洗ふ衣洗ふごと左右に振り
雪垣に月明の雪濤の如く
鐵塔の伸びあがるごと降る雪に
大空に雪嶺を刻みたる者よ
雪嶺の歯向ふ天のやさしさよ
月星に氷柱は牙を磨きをり
綺羅星は私語し雪嶺これを聴く
深雪晴非想非非想天までも
雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと
ジャケツ著し子のつむじ毛のちよんと立ち
目のあたり浴泉群女深雪晴
み雪ふる浴めば處女茜さし
湯女どちと深雪月夜を一つ温泉に
雪満目温泉を出し女燃えかがやき
はだか女に湯氣の文目や雪の暮
崖氷柱刀林地獄逆まに
氷りたる瀧の柱に初音せり
懸崖の百囀りに温泉小屋かな
氷りたる瀧ひつ提げて山そそる
氷る瀧氷柱せる巖地獄かも
崖氷柱我を目がけて殺気かな
囀るや浄らに峡の忘れ雪
女人浴泉林檎食ふあり愛すべし
女人浴泉百囀りの影すなり
強き日に燃え落つ椿室戸岬
春潮の底とどろきの淋しさよ
雪国の雪の止み間の淋しさよ
春月を濡らす怒濤や室戸岬
處女みな情濃かれと濃白酒
旅愁あり水鶏月夜に寝忘れて
鬼灯を箱に取り溜め誰にやらむ
小春日の蝶の多さに涙ぐみ
鶺鴒のたはぶる清瀬神ンながら
寶珠不壊蘇鐵の花の秋に入る
一寶珠虚空に生じ蘇鐵咲く
花野来て白き温泉に浸りけり
男體の雲動き出て秋時雨
青き踏む再起の我を友ら圍み
死は去りぬ一たび去りぬ青き踏む
四十五の大病の後青き踏む
青き踏む再起の命餘念なく
眠り薬利く夜利かぬ夜猫の戀
閑庭や象鼻擡げし芭蕉の芽
侏儒の如潜む蘂ありチューリップ
櫻散りさくら草また卓にちる
逸り鵜になほ舟を撃ち聲を懸く
火屑浴(あ)ぶ兄鵜よ弟鵜よ勇みつつ
潜き泛く鵜らの濁聲鮎とぼし
我が舟と鵜舟と當る瀬を早み
荒鵜ども用意成りたりいで鵜匠
晩涼の月や芭蕉に隠見す
芭蕉葉を斬るや噴き出づ水に濡れ
露の玉天に盛り上げ紫苑咲く
石崖の不壊金剛の石の秋
海中に都ありとぞ鯖火もゆ
岬に落つ秋日を追うて自動車走す
漁り火の長夜の宴岬を圍み
西南に漁火蝟集せり岬夜長
鯖の火を遠の都と憧るる
夜長星低くぞ燃ゆる崎を高み
宵闇に漁火鶴翼の陣を張り
漁り火の海の都も夜長かな
南海に陸崎果てつ石蕗咲けり
冬濤の左右に走せ入る岬に立つ
岬を搏つ冬濤間ありその間はや
黒潮の潮路さだかに時雨ふる
時雨雲散り亂りつつみ崎照る
遠海の遠崎晴れて時雨ふる
踊見し木曽の夜霧に中り病む
詩句難解秋雨暗くまた暗く
五の池の五眼霧来て盲ひたり
三山の三つを眼にせり蝶の晝
乗鞍は凡そ七嶽霧月夜
雪嶺の大を数ふや十座余り
雪嶺の八ツの主峰に止どまる眼
鵜匠とし物思ひもなく老い枯れし
撫で下す顔の荒れゐる日向ぼこ
避けがたき寒さに坐りつづけをり