とろとろと火を吐きにけり蛇の舌 ◇句集『鮎』より
人の顔見つつたべゐる夜食かな
潮満ちてくれば鳴きけり川千鳥
老鴬や先なる舟は瀬にかかる 球磨川下り
友死すと掲示してあり休暇明
一茶忌や我も母なく育ちたる
人知れず通ふ河原のげんげかな
夢のごとき誓ひなりけり落椿
筆とらず読まず机に霙きく
春燈に涙もふかずいましけり
酒のむときめて押したり萩の門
本あまた銭とかへたる春夜かな
伴天連を伝へし島の朧かな
河童忌に田端の酒をすすりけり 自笑軒にて芥川龍之介忌
河童の子河童の親の忌日かな 芥川比呂志君に
紙をたつ薄刃さばける夜寒かな
母ならぬ人のやさしき火鉢かな
甘党の中にまじりて漱石忌
河豚の宿女ばかりに迎へられ
おもひやめて足のばしたる蒲団かな
いねがたき手をさしのべぬ蚊帳の外
黒髪の涼しく眼そらしけり
燕は子となり親となりし朝
章魚沈むそのとき海の色をして
鞴まつり鋳司春治は酔ひほうけ 内藤春治先生
消炭の火をみちびきてかなしけれ
ちらほらと村あり紅葉いそぐなり
初ゆめの枕ならべて灯を消しぬ
赤黄黒まはり澄んだる独楽が好き
六面の銀屏に灯のもみ合へる
酒よろしさやゑんどうの味も好し
月のいろして鮎に斑のひとところ
書初や旅人が詠める酒の歌
日脚のぶ雪ある山になき山に
戦は夕焼くる野に泣きて終ふ 八月十五日
ひねもすの時雨をめでて妻とある
枯蔓の螺旋描けるところあり
さびしさと春の寒さのあるばかり ◇句集『球磨』より
春燈のその一方に髪を梳く
本丸に立てば二の丸花の中 人吉城址にて
羅に女の息のかよふらく
わが里は球磨の人吉鮎どころ
日を掬ひつつ朴の葉の落ち来る
勝独楽の大いなる輪を一描き
たんぽぽやわが愛これに大胆に
根づきたる茄子苗に紺のびあがり
水鷄きて戸を叩く夜は我とおもへ 人に
おのが影ふりはなさんとあばれ独楽
黴の書に占魚不換酒の印存す
白根かなしもみづる草も木もなくて
ものの芽の紅きがうれし妹とゐる
つつじ山とつとと下りて汗ばみぬ
緋目高のわれに似るてふ眼のあたり
梅雨夜道ゆくて垣なす黒きは山 ◇句集『霧積』より
火の山の裾の落葉松芽ぐみけり
冷えこみし山気に夏炉よく燃ゆる
人こほしき日なり郭公鳴けばなほ
佇つわれの影むらさきに菊日和 笠間稲荷神社 菊まつり
角巻をとめたる襟の銀の蝶
頸ながき李朝をよしと椿挿す
春の水光琳模様ゑがきつつ
かへらうといふ子にお年玉何を
春塵やみとせをろがむ子の位牌 月彦童子
老母健に蚕を飼うて寺を守る 上州 海雲寺
阿蘇人と阿蘇をたたへてビール抜く
ねんごろに恋のいのちの髪洗ふ
薬師寺の甘藷粥を管長以下我等
天日にせりあがりつつ瀧落つる 美濃養老
霧積の霧に曇りし月夜かな
歌留多読む息づき若き兄の妻
惜別は夏山に濃く人に淡し
上州去る十年飼ひたる金魚提げ
むさし野の秋は白雲よりととのふ ◇句集『一火』より
夜は夜の天の恵みに虫鳴くも
賀状見てあれば彼の山かの人等
しもふりの肉ひとつつみ寒見舞
時間湯のラッパ雪舞ふ空へ吹く 草津温泉即事
春愁や眼鏡は球をふけば澄み
むつ五郎おどけ目玉をくるりんと 有明海大授搦
すぐそこに来てゐる春や春を待つ
さくら貝拾ひあつめて色湧けり
山川を打ちゆがめたる大雷雨
風は北まさしく白根時雨かな
いまはただ牡丹に念誦虚子先生噫 四月八日遠逝
誰も見よ虚子忌の雲の輝きを 高浜虚子先生一周忌
郭公の夕啼きしげし雨来るか
秋潮のしづかに迅し平戸口 肥前 平戸島に渡る
逢はざりし日のつぐなひの温め酒
大初日海はなれんとしてゆらぐ ◇句集『萩山』より
この女眼が死んでをり秋扇
吾妻に峠十三もみぢ晴 上州野反湖途上
菜の花の明り土橋の裏までも
雉啼くや日はしろがねのつめたさに
夏潮の谺がこだま生む岬
夫婦して主に汗捧げ甘藷挿す 肥前長崎十字架山
乾坤に雪舞ひ鶴を遊ばしむ
紅梅にかの日かのことよみがへる
夏潮のいま龍眼の渦を巻く 鳴門観潮
洗ひ髪あげて襟あし見せくれし
金の箔おくごと秋日笹むらに
海山の幸祝ぐ年酒奉る
かはらざるものに川あり夏つばめ
父を焼く閻魔こほろぎ鳴くなべに 父伍郎一死去。享年八十二。
父逝きてすぐ子を亡くす秋風裡 登校途上交通事故
形なき子を連れあそぶ秋の山
磯走るはぐれ千鳥を浪が呼ぶ ◇句集『橡の木』より
日本曹洞第一道場深雪晴 越前永平寺 二句
雪降るもやむも正法眼蔵意
白鳥の音なく降りし水輪かな
咲きみちし花間花間に夜が来し
昼寝とるかにしづかなる死をたまふ 吉野秀雄逝く
たかし忌の花なんでもいいには非ず
さらさらと羅みづのごとたたむ 女を描く
村人の傘さす習ひ雪になし 陸中鉛温泉 藤三旅館一宿
炉に火なく棚の壜碗どれも空 高村光太郎山荘
河豚さしの花の大輪はがし食ふ ◇句集『石の犬』より
佛法と啼き僧とは稀の声 上州六合村 和光原
魚店の甘鯛どれも泣面に
南無帰命冬眠の亀もくちなはも 近江番場 蓮華寺
春愁や鳴くこと知らぬ石の犬
若葉潔しみづから覚めぬ眠り欲り 川端康成先生逝く 四月十六日
妻子飢う蟻にも増して励まねば
十方の霧ひといろの暗さもつ 上州草津
月の秋菊の秋子は嫁御寮 長女光華燭
大阿蘇の虚空にめぐり来し月夜 肥後阿蘇垂玉温泉
現の子うつつに無き子年新た
妻のほか人なき日日の室の花
風に色わきたたしゐる牡丹かな 海老原ふみ江居
倦む日なきわが酒に年立ちかへる ◇句集『天上の宴』より
天上に宴ありとや雪やまず
梯梧とは血のいろに咲く花と知れ 沖縄本島
曼珠沙華咲けわが息の緒の絶ゆる日も
月を恋ひ星を恋ひ虫鳴きやまず
金剛の初日の如来をろがみぬ
腰どかと沈め遅日の轆轤蹴る 常陸笠間行
本復の体に年酒なみうてり
五加木めし食べたしうこぎ見てあれば
禅林のありやう色を松かへず 備前網干龍門寺
カラカラは沖縄の酒器年を祝ぐ 沖縄本島にて
琉球王国よりの旧正にぎやかに
前髪に目出度花挿しちやつきらこ 相州三浦三崎
青海苔の乾き上上風上上
デッサンのコンテの先にある冬日
春色や見入りてひびく山水図 東京国立博物館 ◇句集『かのえさる』より
牡丹散る日ざし昨日に変らぬに
三十三歳ご機嫌の尾羽立てて鳴く 亀甲小屋周辺
北極星昇らぬ国の冬乾く
リオ・デ・ジャネイロに於ける第四十四回国際ペンクラブ大会に参ず。
年立つや吾が六十の庚申
花ひらくかに滲みたる吉書かな
法爾てふあり実梅の落つるもまた
阿を秘めし吽の形相かりんの実
鵙晴の水張つて箍締めにけり
きちきちの羽音に榛名山日和
脣に指押しあてて聴く春千鳥
妹の歳告げて幸乞ふ春神事 伊勢国乳房山
初日出づ五彩に波を躍らせて ◇句集『自問』時代
干網の一目一目の春の海 外房 二句
春の潮北へ蹴たてて風一日
朴咲ける木下に心やすらぎぬ 国際ペンクラブ東京大会終了
狭山なす雪の底ひの墓拝む 羽前乗船寺斎藤茂吉先生墓前
雪山へ雪吹きかへす最上川 羽前本合海芭蕉もここより乗船せり
釈迦牟尼へ不覚濁世の咳きとばす
庚申の目鼻つるつる凍ててをり
酒量凛凛立春大大吉
おぼろ夜の球磨の川鳴りまろやかに 肥後人吉 翠嵐楼にて
つつじ見る一つの石にところを得 笠間 つつじ山
温突の焚口秋の日を吸へり ソウル
輪鳴を蹴立て陸曳祭りかな 伊勢神宮遷宮用材奉曳
五十鈴川踏まへお木曳まつり喚
どこからか我を睨めり八一の忌
飢ゑし啼く海猫に日増しの北風嵐 礼文島
弛みなき四肢よふぐりよ初湯出づ ◇句集『放眼』より
昼酒に旅打上げの鮎の膳 黒磯
秋の灯や言葉にかはる笑み無量 第五十二回国際ペン・ソウル大会
歌の秋句の秋「実相観入」碑
正月のあしたへ朱盃洗ひけり 諏訪にて
夏潮の紺照る膝に旅信書く
初空や心を一にひきもどす 草津自問洞周辺
風荒き灘を近みの凧の空 浜松まつり凧合戦
高高と風をいのちの勇み凧
雪中の旅や夢にも雪舞ひて 津軽半島 ◇句集『玄妙』より
春近し風がころがす波の声
若やぎし声なみだてて福は内
とびとびにここにも福寿草三花
帰る日を近み落着きなき鴨ら 東都六義園
木の芽張る雨の五木の子守歌
春陰の岩吹き出づる水の銀 球磨川の水源地を探る
ものかなしきまでに木の芽のしづけさよ 白水 夫婦滝
囀の一途さ吾も習はねば
さびしさに叫びひひるや春の潮 常陸大洗海岸
旅に寝てきのふは遠し春怒涛
旅は晴梯梧咲きゐしことも幸 那覇
惜春の雄波もみあひ谺せり 喜屋武岬 二句
惜春の女波あそばせゐる巖
帰りたり落葉楽土に第一歩 退院即事
薄紙のやうな眠りの虫の夜々
しづかなる二日ふたりの祝膳
郭公の上品の声ひけらかす
夏至の夜雨音鉦のひびきもつ
以上二百句