藪の鶯 第一回

男 「アハヽヽヽ。このツー、レデースは。パアトナアばかりすきで僕なんぞとをどっては。夜会に来たやうなお心持が遊ばさぬといふのだから。

甲女「うそ。うそばかり。さうぢやござませんけれども。あなたとをどるとやたらにお引張ひつぱり回し遊ばすものですから……あの目がまはるやうで厶りますんで。そのおことわりを申上たのですワ。

男 「まだワルツがきまりませんなら願ひませうか。

ときれいにかざりたるプログレムを出して名を書付る。

男 「では今に」と此男は踏舞の方へゆく。つづいてあたまの貴嬢達は皆其方にゆきたりしあとに残れる前のふたりのむすめ。

甲女「あなた今のお方御ぞんじ。

乙女「エーあの方は斎藤さんとおつしやつて。宅へもいらつしやりました。

甲女「オヤさやうで厶りましたか。わたくしは此間おけいこの時お名をはじめてしりましたよ。もとからよくおみかけまをすかたでしたが。なんですか少し軽卒なお方ねへ。さうしてお笑声などが馬鹿に大きう御坐りまして変な方ですねへ。

乙 「デモあの方は学問もおあり遊ばして。中々磊落らいらくなよい方でござりますヨ。

と互にかたらふこの二嬢ふたりは。数多あまた群集したる貴嬢中にて水ぎはのたちたる人物。まづ細かに評せんには。一人は二八ばかりにして色白く目大きく。丹花の唇は厳格にふさぎたれどもたけからず。ほゝのあたりにおのづから愛敬あいきやうありて。人の愛をひく風情ふぜいかしらにかざしたるさうびの花もはぢぬべし。腹部はさのみほそからねども。洋服は着馴たるとおぼし。されど少しこごみがちにてひかへめに見ゆるが。又一

しほの趣あり。桃色のこはくの洋服をちやくして。折々赤きふさの下りたる扇子にて。むねのあたりをあふいでゐる。

 かたはらに坐したるは。前の嬢にくらべては。二ツばかり年かさにやあらん。鼻たかくし眉秀で。目は少しほそきかたなり。常におさんには健康を害すなどいひてとどめたまふ。かの鉛の粉にても内々用ゐたまひしにやあらん。きはだちて色白く。かしらはえりあしよりいぼじり巻きに巻上げて。テツペンにいちやうがへしの如く束ねて。ヤケにきつたる前がみは。とぐろをまきて赤味をおびたり。白茶の西洋仕立の洋服に。ビイツの多くさがりたるをちやくして。少しくるしさうにはみゆれど。腹部はちぎれさうにほそく。つとめて反身そりみになる気味あり。下唇の出たるだけに。はたしておしやべりなりとは。供待ともまち馬丁べつたうの悪口。総じていはば。十人並にはすぎたるかたなり。前の貴嬢は少しかんじたといふやうすにて。

乙 「しの原さん。あなたのおあにい様も。モウおかへり近付ちかづきましたねへ。

篠原「エヽ夏ごろに帰るといつてまゐりましたけれど。わたくしやアいやですワ。めんどくさくつて。

乙 「オヤなぜでせう。あなたおたのしみでせうにねへ。さうして学校のお下読したよみや何かしておいただき遊ばすにようござりませう。

篠 「ナニわたくしはもう学校へまゐりません。アノ父が胃弱で当節は大そうよわりましたし。母は御存じのわからずやですから。家事もなかば私くしが指揮いたしますので忙がしくつて。

乙 「オヤ。では英学はどう遊ばしました。おやめでは御坐りますまい。でもあなた位コンバルゼイションがお出来になればよろしうござりますネ。

篠 「どうして。私くしは充分英学を勉強したい気ですから。このごろではあの御存じでせう。山中といふあの人は。学力もありますからたのんできてもらひます。随分忙がしう御坐りますよ。毎日々々英語のけいこもいたしますし。うちのことや何か中々大変で御坐り升が。どんなに忙がしう御坐りましても。キツト踏舞には参り升ワ。

乙 「デモおとゝ様がおわるくてはらつしやられ升まい。わたくしもうちで交際の一ツだと申て勧められますけれど。どうもまだ気味のわるいやうな心持がいたしまして。外國人とはようをどられません。それに学校の方が忙がしう御坐りますから。めつたに参りましたことがござりませんので。御近付おちかづきがまことに御坐りません。

篠 「ナゼあなたそんなに御気がすゝまないでせう。私くしは宅にゐてくさくさしても。こゝにまゐりますと。急に気がアクチブになりますよ。あの西洋ぢやア踏舞をしない人を。ウヲールフラワア(かべの花)とまうしていやしめますとサ。あなたもそのおなかまですか。オヤオヤ宮崎さんが久しぶりできていらつしやりますヨ。あの方は御器量もよし。なんでも御出来になりますツてネ。御きりやうのよいも人柄をうちするもので御りつぱにみえますネ。あの方のパアトナアはどなたでせう。大そうせいの低い。オヤいやなかつかうの洋服ですこと。日本人はせいがひくくつてみそぼらしい上に。さぎがどぢやうをふむやうなふうをして。あれですからきつけないと困ります。私くしはふだん洋服で居升が。母がいつでも下にあるものを裾でもつて行くと申ますから。西洋では下へものはおきません。おくはうがわるいといつもけんくわをいたしますワ。

乙 「あなたは御格好ごかつかうがよろしう御坐り升から。あの宮崎さんの御妹さんは。まことに西洋人のやうで御坐り升ヨ。私くしの学校中でも御きりやうが一番よいといふ評判で御坐り升。

篠 「オヤ。でもあの方のシスタアは。目が大きいからこはいといふでは御坐りませんか。ものもよく出来ますか。

乙 「エヽ今年御十四に御なりあそばしたのですが。御年ににあはずなんでもよく御出来になり升。

篠 「あのあなたは御平生ごふだんも御洋服ですか。

乙 「いヽへ。ぜんたいふだんにきませんでは。軽便なこともわかりませんに。よそへ行時ゆくときばかりだれもきますやうになつて居升から。ただ華奢くわしやばかりながれて。田中屋の白木屋のと服の競争をするやうなもので。わたくしもどうかきるならば。平生にきたいと存じますけれど。塾も日本造りで御坐り升から。思ふやうに参りません」

はなしをしてゐるうち。一曲の踏舞は終り。斎藤は宮崎と共にいできたり。

斎藤「ぢやア濱子さん願ひませう」とかのいぼじり巻の貴嬢を連て行く。

宮崎「オヤ。ミス服部しばらくでした。

服 「宮崎さんどう遊ばしました。

宮 「少し不快で。毎度妹が御世話に成升。あなたが朝夕てうせき御せわくださるので。このごろでは日曜も帰りたくないと申て居升。

服 「なに少しも行届いきとどきません」とはなしの内はや又曲のはじまりたれば。

宮 「では久しぶりに願ひませうか。

服 「どうか」とこれより立食りつしよくなどさまざまありて。午前一時頃馬車の先追さきおふ声いさましく。おのおの家路におもむきぬ。これはこれ鹿鳴館ろくめいくわんの新年宴会の夜なりけり。

 

   第二回

 

今川小路二丁目の横町を曲つて三軒目の格子造り。表の大地は箒木目立はゝきめだちて塵もなく。格子戸かうしどはきれいにふききよめて。自然おのづから光澤をおびたり。残つたる番手桶の水をまきたるとおぼしき。くつぬぎのみかげ石の上に。二足ばかりしだらなくぬぎすてたるこま下駄も。小町といふ好み。二階には出窓ありて。竹格子にぬれ手ぬぐひのかゝりあるは。下宿屋にもあらず。さりとて学校の外塾ぐわいじゆくには無論なし。察するにこの二階は。あるじの死去したるか又は旅行中にてあきたるが故。日頃懇意なる人に。どろぼうの用心旁かたがた貸たるとおぼしけれど。これも少し無理こじつけの鑑定なるべし。此二階の食客ゐさふらふは。年頃二十七八にして。目鼻クツキリと少しけんはあれども。かゝる顔だちをイキとやらたゝへて。よろこべるむきの人もありとぞ。チヨイと二ツにたゝんだる嘉平かへいの袴。紫のふろしきにつゝんだる弁当箱など。まづ出来星の官員ならんか。湯がへりとおぼしく。目のふちをほんのりあかくして。窓の上へ鏡をのせ。しきりに頭をかきつけてゐると。あだなる声にて。

女 「アーあたしがさうまうすよ」と二階をどんどんあがつてきて、チヨイと顔を出し。

女 「オヤきれいにおつくりが出来ましたね。たばこの火を持つてきました」と十のうを片手にもつて。火鉢の傍ヘチヨイと立ひざをしてすわる。年頃は三十ばかり色浅黒くして鼻高く。黒ちりの羽織も少し右の袖口にきれかゝりたるに。鹿がすりの着物えり善好みの京がのこも。幾度かいけあらひをしたといふ半襟をかけて。小前がみのあとのすこしはげたるを。松民しようみんの蒔絵をした朱入しゆいりの櫛で。毛をよせてぐつと丸まげの下へさし込でゐる。ハテあやしやナアといふけだもの。火を火鉢へとりながら。一心に巻たばこの死がいを片付てゐる。年に似合ず口のきゝ方はあどけなきかたなり。

女 「ネー山中さん。モーいゝかげんにしてこつちをおむきなさいヨ。あのねさつき……あの今に御たのしみ。

山中「ナゼ。

女 「なぜッて大へんにいいことがあるのです。きかしませうか。

山中「拝聴々々。

──以下・割愛──