新流行歌集(抄)

○あゝわからない

○あゝわからない/\。今の浮世はわからない。

文明開化といふけれど。表面うはべばかりじやわからない。

瓦斯ぐわすや電気は立派でも。蒸気の力は便利でも。

メツキ細工か天ぷらか。見かけ倒しの夏玉子。

人は不景気々々と。泣き言ばかり繰りかへし。

年が年中火の車。廻してるのがわからない。

○あゝわからないわからない。義理も人情もわからない。

私欲よくまなこがくらんだか。どいつもこいつもわからない。

なんぼお金の世じやとても。あかの他人たにんにいふもさら。

親類縁者の間でも。金と一言聞くときは。

忽ちエビスも鬼となり。鵰眼くまたかまなこをむき出して。

喧嘩口論訴訟沙汰。これが開化か文明か。

○あゝわからないわからない。乞食に捨児に発狂者。

スリにマンビキカツパライ。強盗せつ盗詐偽さぎ取財しゆざい

私通姦通無理情死むりしんじう。同盟罷工や失業者。

自殺や餓死凍死うへじにこゞへじに。女房殺しや親殺し。

夫殺しやしゆ殺し。目も当てられぬ事故ことばかり。

むやみやたらに出来るのが。なぜに開化か文明か。

○あゝわからないわからない。金持なんぞはわからない。

贅沢三昧仕放題。妾をかこふて酒呑んで。

毎日遊んでりながら。金がだんだん増へるのに。

働く者はあくせくと。流す血の汗油汗。

夢中になつて働いて。貧乏するのがわからない。

貧乏人のふへるのが。なぜに開化か文明か。

○あゝわからないわからない。賢い人がなんぼでも。

ある世の中に馬鹿者が。議員になるのがわからない。

議員といふのは名ばかりで。間ぬけでふぬけで腰ぬけで。

いつもぼんやり椅子の番。唖かつんぼかわからない。

○あゝわからないわからない。当世紳士はわからない。

法螺ほら資本もとでに世を渡る。あきれ蛙のつらの皮。

あつかましいにもほどがある。其の癖芸者に振られたり。

弄花はなに負けたりする時は。青くなるのがわからない。

○あゝわからないわからない。今の坊主はわからない。

殊勝なつらでごまかして。寝言念仏ねむくなる。

女をみだぶつ法蓮華経ほれんげきやう。それもしらがのぢいさんや。

ばあさん達が金着きんちやくを。はたく心がわからない。

○あゝわからないわからない。耶蘇やその坊主もわからない。

飯も食へない人達に。アーメンソーメンうんどんを。

食はせるなればよいけれど。聴かせるばかりで何になる。

何も食はずにお前等の。まづい説教がきかれよか。

○あゝわからないわからない。威張る役人わからない。

なぜにいばるかわからない。ただムチヤクチヤに威張のか。

彼等がいばれば人民が。米搗こめつきバツタを見る様に。

ヘイ/\ハイ/\ピヨコ/\と。御辞儀するのがわからない。

○あゝわからないわからない。今のお医者はわからない。

仁術なんぞといふけれど。本職はおやめでたいこもち。

千代萩せんだいはぎではあるまいし。竹に雀の気が知れん。

貧乏人を見殺しに。してる心がわからない。

○あゝわからないわからない。弁護士なんぞもわからない。

をだてゝ訴訟を起させて。原告被告のなれあいで。

何をするのかわからない。勝つも負けるも人の事。

報酬むさぼる事ばかり。何が義侠ぎきやうかわからない。

○あゝわからないわからない。なぜにわれ/\人間は。

たがひくまで齷齪あくせくと。朝から晩まで働いて。

苦しい目に遇ひ難渋の。事に出遇であふて死ぬよりも。

辛い我慢をしてまでも。命を続けてるのやら。

どう考へてもわからない。何を目的めあて生存ながらへて。

るのかさつぱりわからない。我身で我身がわからない。

○あゝわからない/\。善悪正邪いゝもわるいもわからない。

ます/\闇路やみぢに踏み迷ひ。もだへ苦しむ亡者殿。

お前はホントニわからない。権利も自由もわからない。

経済問題わからない。いつまで迷ふて御座るのか。

○あゝわからないわからない。生存競争わからない。

鉄道電気じやあるまいし。針金細工の綱渡り。

こんな危険あぶない事はない。こんな馬鹿げた事はない。

死んだが増しかもわからない。あゝわからない/\。

○あゝ金の世(新俗体詩)

○あゝ金の世や金の世や。地獄の沙汰も金次第。

笑ふも金よ泣くも金。一も二も金三も金。

親子の中をくも金。夫婦の縁を切るも金。

強欲非道とそしろうが。我利々々亡者と譏らうが。

痛くも痒くもあるものか。金になりさへすればよい。

人の難儀や迷惑に。遠慮してちや身がたゝぬ。

○あゝ金の世や金の世や。希望ねがひは聖き労働の。

我に手足はありながら。見えぬくさりに繋れて。

朝から晩まで絶間なく。こきつかはれてつかれ果て。

人生ひとの味よむ暇もない。これが自由の動物か。

○あゝ金の世や金の世や。牛馬に生れて来たならば。

あたら頭を下げずとも。いらぬお世辞を言はずとも。

済むであろうに人間と。生れた因果の人力車くるまひき

やぶれ提灯てふちん股にして。ふるひをのゝくいぢらしさ。

○あゝ金の世や金の世や。蠟色ぬりの自働ママ車に。

乗るは妾か本妻か。何の因果ぞ機織はたをりは。

日本に生れて支那の米。綾や錦は織り出せど。

残らず彼等に奪はれて。ボロを着るさへまゝならぬ。

○あゝ金の世や金の世や。毒煙燃ゆる工場の。

あやうき機械のもとにたち。命を賭けて働いて。

くやしや鬼にむちうたれ。泣く泣く求むるかてしろ

顔蒼あをざめて目はくぼみ。手は皆たゞれ足腐り。

病むもなか/\休まれず。聞けよ人々一ふしを。

現代いまの工女が女なら。下女やお三はおひいさま。

○あゝ金の世や金の世や。物価ものは高くも月給は。

安い弁当腰に下げ。ボロの洋服破れ靴。

気のない顔でポク/\と。お役所通ひも苦しからう。

苦しからうがつらからうが。つとめにや妻子つまこあごる。

○あゝ金の世や金の世や。ひんといふ字のあるかぎり。

浜の真砂と五右衛門は。尽きても尽きぬ泥棒を。

をさへる役目も貧ゆえと。思へばあはれ雪のも。

外套一重に身を包み。寒さに凍るサ−ベルの。

つかのま眠る時もなく。軒端のきばの犬を友の身の。

家には妻が独り寝る。煎餅蒲団も寒からう。

○あゝ金の世や金の世や。牢獄らうやの中のとがにんは。

食ふにも着るにも眠るにも。世話も苦労もない身体からだ

牛や豚さへ小屋がある。月に百両の手当をば。

受ける犬さへあるものを。『サガツチヤコワイ』よ神の子が。

掃溜はきだめなどをかきまわし。橋のたもとのきした

石を枕にこもの夜具。餓えて凍えて行路病者ゆきだほれ

○あゝ金の世や金の世や。このさむぞらに此の薄着。

こらへきれない空腹すきばらも。なまじ命のあるからと。

思ひ切つては見たものゝ。年取る親や病める妻。

飢へて泣く児にすがられて。死ぬにもしなれぬ切なさよ。

○あゝ金の世や金の世や。神に仏に手を合はせ。

をみくじなんぞを当てにして。いつまで運のそら頼み。

血の汗油を皆吸はれ。頭はられてドヤサレて。

これも不運と泣き寝入り。人のよいにも程がある。

○あゝ金の世や金の世や。あはれな民を救ふべき。

尊きをしへの田にさへも。我儘わがまゝ勝手の水を引く。

これも何ゆへお金ゆへ。あゝ浅ましき金の世や。

長兵衛宗吾郎何処にる。大塩マルクス何処にる。

○あゝ金の世や金の世や。互に血眼皿眼ちまなこさらまなこ

食ひ合ひりあひむしり合ひ。敗けりや乞食か泥棒か。

のたれて死ぬか土左衛門。鉄道往生首くゝり。

死ぬよりほかに道はない。あゝ金の世や金の世や。