回漕船ほか


 回漕船

 

海に船をうかべてはこぶ

柩をまんなかにして

父とわたしはすわりこむ

 

海はすこしあれて

ときどきしぶきがかかる

こんなとき

むこうからやってくる船もある

 

しぶきは素足にもかかる

せなかにもかかる

 

しぶきは柩にもかかる

すると

おおさむいとだれかがおもう

 

とうとうここまできてしまった

 

      詩集『回漕船』(1975年 思潮社刊)より

 

 一行の宵

 

ずっとだまっている

 

かすかにかぜがでて

八年がたち宵になって

むきあってすわっている

 

なにかいいだそうとして

だまってすわっている

コォフィ茶碗のかじかんだ指の

ふるえるかげのあたりに

つまづきながら

そとをゆきがおちてくる

 

あれから

とふいにいう

けっこんしわかれました

そのわずか一行を

修練のあとをみせてそのひとはいった

ぼくはだまってほそいてくびをみている

 

遅い夏の夜会の

まぶしい腕のひふのひかりに

おもわずたちつくすぼくの

それではまたいつかと手をふって

そのままなんかいめかのふゆがきて

むかいあってすわっている

 

うつろいかわりはてることの

履歴のひだのいたみの

そんな呼吸にくすぶるふるえを

けっしてみきわめまいとして

 

彩色まぶしくほどこしながら

ゆきは頭上をおちてくる

 

      『一行の宵』(1992年 詩学社刊)より

 

 戦場のこどもたち

 

どこへいったの わたしのお部屋

どこへいったの おませの人形

ピンクのピンクのフリルのカーテン

わたしの想い出 どこへいったの

 

どこへいったの ぼくの机

どこへいったの 泣き虫先生

追っかけ追っかけ朝の校庭

ふくらんだ夢 どこへいったの

 

 バラはこんなに咲いているのに

 ハトはこんなに飛んでいるのに

 

どこへいったの お髭のパパ

どこへいったの おしゃべりママ

静かな静かな夜の月

みんなの歌 どこへいったの

 

 風はこんなにさわやかなのに

 空はこんなに晴れているのに

 

   2003年度「世田谷うたのひろば」コンサートのために作詞。菊池雅春作曲。