第1部 エピタフ
町家のなかの迷路
白い街灯の明かりが
点々とどこまでも続いている
京都の夜の闇は深くて
街灯の光さえものみこんでしまう
僕は自転車をこぐ
街灯の光にうかぶ、べんがら格子の家は
道路のうえに深い歴史の影をおとす
自転車のライトさえも
この闇を消すことはできない
ものかげには落ち武者の亡霊がうかび
おどろいた猫が道にとびだす
それを犬矢来がせせら笑う
どこまで行っても
街灯とべんがら格子と闇は続く
どんなにペダルをこいでも
ここから抜け出すことはできない
たそがれの町
鴨川を見下ろすカフェで
ひとりぽつんとたたずむ
店には空虚がひしめきあっている
夕日の輝きのなかで
東山の緑は色褪せていく
あなたの思い出もまた色褪せていく
肌をさす冷たい北風に
河原を歩く恋人たちの姿もまばらだ
白い湯気をたてるホットチョコレートも
心までは温めてはくれない
すばらしかったあの日々
出雲の阿国も
軒をつらねた芝居小屋も
今はない
ひとつ残された南座も
知らん顔をきめこんでいる
僕たちにはもう
今日もなければ
明日もない
思い出だけが静かにたたずんでいる
パレード
お願いだ
かくまってくれ
隠れる場所が必要なんだ
納期から逃げたいんだ
もうこれ以上は
体力も気力も続かない
もうそこまで
地獄からのお迎えが来ているんだ
金のため生活のため
俺たちは働きつづける
妻や子のため両親のため
健康と魂までも切り売りをする
それで得たものといえば
狭い一戸建ての家と
払い切れないほどの借金ばかり
こんなはずじゃない
心のなかで叫んでみる
でも世間は言う
「これが人生というものだ」
「これが健全な生活というものだ」
さあ今日もパレードがはじまる
家から会社まで
首に縄をかけられた男たちが
街をねり歩く
あなたもどうぞ
素敵なパレードに
エピタフ(墓碑銘)
かくして私は
川の流れのなかへと
うち捨てられた
私というものは
大きく弧を描きながら
川の流れのなかへと
落ちていった
川は私をのみこみ
静かにそして確実に
おし流していった
浮き沈みをくり返す私の抵抗など
大きな川の流れのなかでは
どれほどの力があろうか
何ごともなかったかのように
川は淡々と流れつづけた
赤鬼たちの舞い
月も星もなく
鴨川の流れが静かに響く
丑三つ時
三条河原に下りたって
枯れ木の束に火をつける
炎はやがて燃えさかり
赤く、私の顔を照らしだす
鴨川の流れは
枯れ木が燃える
音さえ飲み込んでしまう
突如として
大きく燃え上がり
舞い踊る炎
浮かび上がるものは
亡霊どもの姿か
平将門に木曽義仲
新田義貞に明智光秀
いずれも鎧兜を身にまとい
大刀ふりかざして
入れかわり立ちかわり舞い踊る
名もなき雑兵どもがとり囲み
飲めや歌えの大騒ぎ
今でも生身が恋しいか
赤鬼たちの宴は続く
私がおまえたちならば
炎でこの街を焼き尽くそう
やがて鶏の声
亡者も
たき火も
すっと
朝霧に消えた
第2部 セ・ラ・ヴィ(コレゾ人生)~1995年1月17日神戸
鬼たちの行進
(その日の朝、京都にて)
聞こえてくる
聞こえてくる
鬼の軍隊の足音が
目覚めのコーヒーを
沸かすやかんのふたもまた
恐怖にふるえ始める
響いてくる
響いてくる
鬼の戦車の振動が
朝食のパンを
焼くトースターもまた
恐怖の声をあげ始める
うちの前
国道186号線大原街道を丑寅の方角へ
鬼の軍団は隊列を組んで通り過ぎる
六千もの生け贄の魂をさげて
幸せだの繁栄だのをうち砕いた凱歌とともに
比叡山延暦寺さえも行進を止めることはできない
災いはこの身にも及ぶのか
黙って通り過ぎてくれるのか
息をひそめて思案する
遠ざかる
遠ざかる
鬼の軍団の足音が
料理を再開しようと
スイッチをひねったコンロもまた
安堵の色を見せ始めたその瞬間
ガスの炎がすっと消えた
マグニチュード七・五
手術台のジャンプに
妊婦のダイブ
天井と床のキスに
祝福される赤ん坊
ドミノ倒しの高速道路
空宙ブランコの高速バス
安全運転のトラックは
地獄へまっすぐ
降りそそぐ屋根瓦
檻になった大黒柱
肉屋の主人のハンバーグ
アーケードの骨だけが残った
火の海にかこまれた消防車
踏まれて破れた消防ホース
病院から病人を運び出す救急車
悲鳴をあげて立ち往生
だれもが
絶望と勇気に引き裂かれ
いつ終わるとも知れぬ
コールドゲームを闘いつづけた
風と埃の街
避難所にたどり着いたら
近所のおじさんが先に来ていた
「どこに行っていたんだ」
二丁目のキムさんを
三丁目のメリーちゃんを
たずねて歩いた
傾いたアパートに
つぶれた家に
名前を叫んでみた
僕の声は
ヘリの音にかき消され
サイレンの音にかき消され
どこにも届かない
自分の耳にも聞こえない
風だけが
ガレキの下の
辞世のことばに耳を傾けていた
石のような涙
夜になるたび
目を閉じるたび
まぶたに浮かぶあの光景
押しつぶされたわが家
子供たちの泣き声
せまり来る炎
断末魔の叫び
私の心も焼きつくされ
目が覚めるたびに
すさんでいく
乾いた涙が流れるばかり
セ・ラ・ヴィ(コレゾ人生)
男と女が道ばたで
コーヒーを沸かし
近所の人たちと
言葉をかわしている
長田の冬の朝
コーヒーショップの跡は
今でもさら地
子供たちを焼いた
炎の痕は
庭の石や桜の木に残る
それでも
生け垣からは
かすかに新芽が
頭をのぞかせている
白い息をはき出しながら
男は
やがて来る春を
ひとり考えていた