権利之源<明治15年(1882)7月5日付初出>

 生ノ道ニ合ヘルこれヲ善トヒ、生ノ道ニたがフ之ヲ悪ト謂フ。人ノ世ニ在ル、ダ生ヲ是レはかリ、唯ダ福ヲ是レ求ムルノミ。故ニ呱々ここうえヲ訴フルノ啼児ていじヨリ侃々鋏かんかん・けふたんズルノ壮士ニ至ルマデ、終始皆生ヲ事トスルニ非ザルハナシ。何ゾヤ。けだシ人ノ天性しかルナリ。天性ノ然ル所ハ即チ道ナリ。道ノ在ル所ハ権必ズ随フ。故ニ生活ハ人間最第一ノ権利ニシテ、自余ノ諸権利ノよつテ生ズル淵源ナリ。天下いづレノ強有力者卜いへドモ、あへテ此最大権ヲ達セントスル者ヲ沮碍そがいスルヲ得ンヤ。

 学術ノ未ダ大ニ進陟しんちよくセザル、智識ノ未ダ全ク開暢セザルヤ、世ノ哲士輩卜称セラルヽ者ト雖モ、かつ人ノ人タル所以ゆゑんヲ解セズ。人類ノ構思霊妙ニシテ、太古ノ時既ニ木ヲ構へテ巣トナシ、ひうちきりテ火ヲ改メ、以テたがやシ以テ漁シ、漸クニシテ粟米ぞくまいヲ生ジ器皿きけつヲ作り、愈々いよいよ進ンデ蒸汽電気ノ類ヲ発明シテ万物ヲ制シ造化ヲぎよスルヲ見テ、すなはチ臆定シテ以為おもへラク、ノ言タルナリ、万物ノ最モ霊ナル者ナリト。ここニ於テカ、謬説びゆうせつ百出シ、或ハいはク、人ハひとしク神ニかわりテ万物ヲ主宰スル者ナリ、是ヲ以テ神ノ人ヲ視ル、尊卑上下ノ別アルナシ、故ニ平等ノ権ハ諸々人権ノよついづル所ナリト。或ハ曰ク、肉体死シテ霊魂常ニそんセリ、故ニ人ノ地球上ニ在ルヤ、あたかモ学生ノ試業場ニ在ルガ如シ、其間そのかん善ヲ為セバ賞アリ、不善ヲ行ヘバ罰アリ、而{しか}シテ人ノ世ニル、いやしくモ自由ナケレバ、何ヲ以テ善ニ就キ不善ヲ避クルヲ得ン。故ニ曰ク、自由ハ天与ノ大権ニシテ諸権利ノ本源ナリト。抑々そもそも此等ノ徒ハ皆天神ヲ仮リテ其説ヲ立テ、其荒唐無稽ナルほとんド有識者ノ笑トナルヲ免カレザラントス。之ヲ要スルニ、是レ皆学術未ダくはしカラズ経験未ダ足ラザルノ致ス所、何ゾ深クとがムルニたらンヤ。

 近世博物学派エコール・ナチュラリスト鴻儒こうじゆ碩学せきがく欧州ニ輩出シ、化醇変遷ノ原理ヲ究メ、改進暢発ノ大義ヲすいシ、遂ニ万物一源ニ出デ、人ト物トかならずシモ其性質ヲことニスルノよしナキコトヲ論究講明セリ。ここニ於テ学風一変シ、先キノ信神仮託ノ陋説ろうせつ漸ク其痕跡ヲ消滅シ、自然ノ真理姶メテ明カナルヲ得タリ。

 ノ草木ヲ見ズヤ、両葉僅カニ析開たくかいスル時ヨリ亭々トシテ蔭ヲ為スニ至ルマデ、時ニ凋茂枯栄てうも・こえいアリト雖ドモ、終始其自然生育ノ性ニしたがヘリ。之ヲ禽獣虫魚ニ徴スルニ皆しかリ。人類モ亦何ゾこれニ異ナランヤ。耳目鼻口アル者ニシテ未ダかつテ其生々発育ノ性ニしたがハザルハアラズ。然ルニ人間ヲ以テ草木禽獣ニ比シ、其ノ挙措動止きよそ・どうしノ甚ダ懸隔スルガ如キノ感ヲ起サシムル所以ゆゑんノ者ハ、独リ其構造組織ノヤ疎密アルニ因ルノミ。シ之ヲ以テ人ハ草木禽獣卜其性ヲことニセリト謂フハ、是レ何ゾ舶来ノ製糸機関ヲ以テ我ガ邦ノ紡具ニ比シテ其ノそう車(=そうは、糸ヘンに、巣)ニ非ズト称スルニ異ナランヤ。故ニ人ト草木禽獣トハ其ノ構造組織ニ疎密ノ差アリト雖ドモ、その生育ノ性ヲ発達セント欲スルハ則チ一ナリ。其生育ニ務ムルヲ以テ天与ノ性トスルトキハ、凡ソ其発達ヲ図ルガタメニハ、何ヲ為シテモ不可ナル無ク、何ヲ欲シテ〔モ〕理ニもとルコトナシ。故ニ曰ク、生活ハ人間最第一ノ権利ニシテ、諸権利ノ由テ生ズル淵源ナリト。

 人ニ生活ノ権アリト雖モ、其身ノ自由ヲ得ザレバ、何ヲ以テこの最第一ノ権利ヲ達スルヲ得ンヤ。故ニ、之ヲ行ヒ之ヲ為シ、之ヲ言ヒ之ヲ論ジ、或ハ進ミ或ハ退ク、およソ生活ノ道ニ合スレバいづクニ行クトシテ可ナラザルナシ。ここニ於テカ、所謂いはゆル行為ノ自由、言論ノ自由、保身ノ自由等ノ諸権ヲ生ズ。我レニ行為言論進退スルノ自由権アレバ、彼レ亦行為言論進退スルノ自由権アリ。是ニ於テカ、平等ノ権生ズ。しかしかうシテ人ハ爪牙さうがノ利ナシ、又羽翼ノ助ケナシ、其構造組織極メテ精ニ極メテ緻ナリト雖ドモ、其飢渇ヲいやシ其智力ヲみがクニ於テ相依リ相頼ム所ナキあたハズ。是ニ於テカ、所謂いはゆル結社集会ノ権起リ、小ハ則チ家ヲ立テ、大ハ則チ国ヲ建テ、親族ノ権ト従政ノ権トヲ生ジ、彼ノ公益私利ノ区域始メテ判然タルガ故ニ、一己いつこノ権利ヲ張ルガ為メニ他人ノ権利ヲ妨害スルヲ禁止スルヲ得ザルニ至レリ。然レドモ其ノ権利ノ源ニ至リテハ毫モ之ガ為メニ変更スル所アラザルナリ。

 是ニ由テ之ヲ観レバ、ノ信神ノ迷夢ヲさまシテ人ノ人タル所以ゆゑんノ理ヲつまびらカニシ、諸権利ノ由テいづル所ハ則チ生活ノ権タルヲ知ラバ、権利ノ淵源ヲ講明スルニ当テ亦何ゾ高キニ昇リ遠キニスルヲ要センヤ。嗚呼ああ家ヲ立テ国ヲ建ル所以ノ者ハナシ、生活ノ自由ニ依テ幸福ヲ享受センガ為メノミ。然ルニ今猶ホ人ノ口ヲかんシ人ノひぢせいシ其自然ノ性命ヲ遂ゲザラシメントスルノ論者アルハ、咄々怪事とつとつ・くわいじト謂ハザル可ラズ。蓋シ建国ノ大道ニ明ラカナラザルニ因テ之ヲタスナリ。然レバ則チ先ヅ権利ノ根原ヲ論ジテ以テ政事上ノ弊害ヲ匡済スルノ道ヲ求ムルハ、我党ノ責任ニ非ズシテ何ゾヤ。

 

『自由新聞』明治十五年七月五日 

 

5 同府姉妹に告ぐ 岸田俊子

解題 岸田俊子の「同胞姉妹に告ぐ」は、星亨らによる大衆的民権派新聞「自由燈(_い仰)」の明治十七年(真空五月十八日号から六月二十二日号に、一〇回にわたって連載された。女性による最初の男

5 同胞姉妹に告ぐ(岸田俊子)