海潮音(抄)

  薄暮の曲  シャルル・ボドレエル

 

時こそ今は水枝みづえさす、こぬれに花の顫ふころ、

花はくんじて追風おひかぜに、不断のかうの爐に似たり。

匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、

ワルツの舞の哀れさよ、疲れみたる眩暈くるめきよ。

 

花は薫じて追風に、不断のかうに似たり。

きづに悩める胸もどき、ヸオロンがく清掻すががきや、

ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈くるめきよ、

御輿みこしの臺をさながらの雲悲みてえんだちぬ。

 

何の苦もなくて、牧草ぼくさうみ、身に生ひたる

羊毛のほかに、そのとき来ぬれば、命をだに

惜まずして、しゆに奉る如くわれもなさむ。

 

また魚とならば、御子みこ頭字かしらじかたどりもし、

驢馬ともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、

はた、わが肉よりはらひ給ひしゐのこを見いづ。

 

げに末つ世の反抗表裏の日にありては

人間よりも、畜生の身ぞ信深くて

素直すなほにも忍辱にんにくの道守るならむ。

 

  落葉らくえふ ポオル・ヹルレエヌ

 

秋の日の

ヸオロンの

ためいきの

身にしみて

ひたぶるに

うら悲し。

 

鐘のおとに

胸ふたぎ

色かへて

涙ぐむ

過ぎし日の

おもひでや。

 

げにわれは

うらぶれて

こゝかしこ

さだめなく

とび散らふ

落葉(おちば)かな。

  嗟嘆といき  ステフアンヌ・マラルメ

 

静かなるわがいもと、君見れば、おもひすゞろぐ。

朽葉色くちばいろ晩秋おそあきの夢深き君がひたひに、

天人のひとみなす空色の君がまなこに、

憧るゝわが胸は、苔古りし花苑はなぞのの奥、

淡白あはじろ吹上ふきあげの水のごと、空へ走りぬ。

 

その空は時雨月しぐれづき、清らなる色に曇りて、

時節をりふしのきはみなき欝憂は池にうつろひ

落葉らくえふ薄黄うすぎなる憂悶わづらひを風の散らせば、

いざよひの池水いけみづに、いとやき綾は乱れて、

ながながし梔子くちなしの光さす入日いりひたゆたふ。