詩五篇

   どれだけ

どれだけ ながれたか

星たち

どんな闇にも芽吹く

希望の数だけ

ながれたの 星たち

 

ちらり と

ああ ちらりと見たよ

夜の山の頂きの ずっとずっと上に

すうっとながれた

涙のような光りを

 

眠れないものだけが見て

だまって胸に蔵ったのさ

そして夜明けになると 朝露にぬれた

野の花を そっと胸の奥に挿したのだ

(花は星になる日があるだろうか)

 

あれ 初々しい星となって

ながれてしまった花を

その一瞬の叫びを

聴いてしまったよ 今宵

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   あなたに

    ―関東大震災時、荒川・中川土手で虐殺されたあなたに

どうしたらいいだろう

あなたが埋められたのは私が生まれる十年前で

 

あなたは いっぱいで

その姿 面差しもわからず

 

あなたを探しにきた同胞は

この地を「敵京」と呼んでいます

 

あなたに呼びかけようにも

あなたの名を知らず

 

あなたは後ろ手にゆわかれ

トビグチやチョウナで割られ

 

あなたは銃で撃たれ

川に蹴落とされ

 

おなかの大きな

若いあなたもいましたね

 

ただ勉強にやってきた

学生のあなたもいましたね

 

日本の高利貸に耕地をうばわれ

土方のトロ押しをしていたあなたもいましたね

 

一万年前のひとが描いた

オオツノシカの絵も いまは赤外線写真で浮かぶのに

 

八十五年前の あなたのことがわからない

あなたは何百人か もっとか あなたの名前も

 

どうしたらいいだろう

あなたは無念に埋められたままで

 

私たちは平気で この中川を通り

亀戸を通りすぎ

 

どうしたらいいだろう

また九月がきて カンナが咲き

 

隣国からきた あなたたちの 名も怨みも

地に滲み 川底にはりついたまま

 

八十五年

私たちはその上をどかどかと歩いて

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   ヒロシマ連祷 28

だあれも

あんたのことを葬らわんて

しょうないよ

いっぱいいっぱい

ヒトが死んで

うちだって

掘り出されんまま

こうしているんよ

 

鼻ふくらませて

怒ったとて

ここはふかあい

地のなか

だあれにもわからん

 

ヒトのいくさに巻きこまれた

災難どうしてくるるていわれても

うちも困る

 

したが一理はあるなあ

あんたは猫

いくさしたのはヒトとヒト

国家も政府も軍隊も

ヒトだけのもの

あんたは アメリカの猫とけんかもしておらんし

フィリピンの猫をいじめてもおらんものね

 

ヒトが一番かしこいて

神話だったかもしれんのう

地のなかに

あんたとふたり

だあれにもしられんと

丸太のごと

転がっておると

ヒトはあんたら猫より愚かかもしれんのう

おもわれてくるからおかしい

 

うちはヒト

あんたは猫

八月六日

炎えて焼かれて

あれから何十年たつのじゃろうか

 

ここはふかあい 地のなか

なあんにもわからん

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   桃の花

桃のはなびら

ながれるよ

やわらかく

やわらかく

胸のなかの川を

 

三月の ぼろぼろのこころを

なだめ なごませ

なみだのように

ながれつづけるよ

 

桃のはなびら

やわらかく

やわらかく

胸のなかの川を

いびつな道のゆくてを

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   十三月

あそこに

こっそり うずくまっているのは

泥んこだらけの 十三月

ちょっと遊びすぎている間に

家族はどこかへ引っ越していってしまって

夢中になって探しまわるうち

どことも知れない野へ 迷い出てしまった

 

本当は 十二月のつぎは十三月で

雪のなかに

真っ赤な花咲く

その花を食べて小鳥が舞う

忘れられない月になるはずだったのに

 

もう 今はいつだって

十二月のつぎは一月にもどって

十三月の出番はない

いまは余計者の

だれからも忘れられた 十三月

 

ただ ひととき

ほんのひととき

小さな娘の夢のなかに

つかれはてた さみしい大人の夢のなかに

泥んこ姿のまま あらわれて

雪のなかの 赤い花を摘んでいる

雪に舞う 小鳥を追っている

十三月

 

つぶらな瞳だけ輝いている

十三月

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