●生れて消えて
僕のはじまりは海の見える故里
僕の終りも澄みわたる
月の光に染まる故里
ただ一人で生れいで
濁世の中を
いや応なしに歩きつづけ
心懊悩する日々を
一人で受け入れ
一人で呻吟し
一人で生きてきた
僕は何んのために生れ
何んのために今日を生きるか
その答は永遠に正鵠を得ず
生きていくということは
悲しみを背負った
たった一人の旅
浮世の風はそういうものだと悟得した時
時の流れは
すべての哀愁を忘却という二文字の中に
過去として内包する
今、僕は確かに生きている
確かにここに居るけれど
いつの日か
時が静かに僕の時間に侵蝕し
やがて僕も故里に帰るだろう
たった一人の常世への旅路は
落日の光芒に染まる美しい故里
●浮遊
母さん もう頑張らなくていい
今日までいっぱい働いてきたから
もう休んでいいよ
痛みも苦しみもみんな忘れて
目をとじて静かに眠ろう
目が覚めたら
禍々しい痛みもなく
麗らかな日々が待っている
そしてこれからは
側にきっと父さんがいる
二人の別れはあまりに突然だったから
悄然としたあの時を
冷瓏とした日々に変えるために
もう一度二人で一緒に暮らしたらいいよ
天かける父へと続く夢の懸橋を
焦らずゆっくりと歩いて行こう
渡りきったその先は豊かな景観が一面に広がり
そこには母さんが大好きだった
赤や黄色や紫色の花々が群生し
幽玄の美しさに抱かれた心象風景が
何処までも続いている
だから母さんもう眠ろう
もう頑張らなくていいから・・・・
雨 瀟瀟と降り続く中
今・・・母が逝きます・・・・
●春の散歩道
春の日の散歩道
新芽があちらこちらと 顔を出し
今 春の到来を告げている
菜の花は黄色
タンポポも黄色
庭先の桃の木に咲く花の色は淡紅色
それぞれが それぞれに
いつもと同じ場所で 同じ時に
同じ形の花を咲かせ
短いいのちを嘆くこともなく
ひたすらに その役割をはたしながら
人の心にとけ込んでいく
私にはその仕組みが
不思議でしかたがない
私もあの草花のように
何があっても 何がおきても
たおやかに私の役割を
積み重ねられたらと思う
哀しい時も 淋しい時も とまどう時も
私の廻りの人々に
白や黄色や淡紅色で
過ぎゆく時を染めてあげたいと思う
ひざまずいて花をみつめていたら
私の心は 花々とひとつになって
無垢になる
今 少し風が吹いた
花が少しゆれた
花が笑った
私の心も 少し笑った
●ふわふわと
空がこんなにも青くて
海がこんなにも凪いで
吹く風がこんなにも頬に心地いい
何故君はこんなに美しいのか
何故こんなに
君の声に安らぐのか
何故こんなに君の香りにとまどうのか
花のように 鳥のように
雲のように 月のように
僕の心は定まらず
ふわふわふわ漂って
なんだかぽかぽか温かい
こんな気持ち
何と表現したらいいのでしょう
時の中で僕の心は踊り出し
あなたに向かって走り出す
今の気持ち
なんと表現したらいいのでしょう
春なんです
今 春なんです
●愁 嘆
母さんにとって 僕は子どもだけれど
あの人達も母さんにとっては
大切なんだよね
狡猾な妄説や欲は
すべての愛をこんなにも涸渇させてしまう
僕はあの人達の狡知にたけた
積年の病弊と戦った
母さんの穏やかな人生の落日のために戦った
でも戦えば戦うほど
母さんは泣いてしまう
母さんの泣き顔を見るのが辛いから
もう争うのはやめようかと思う・・・
僕がそうしたら
母さんはもう泣きませんか
でもやっぱり母さんは泣くと思うよ
僕を哀れんできっと泣くと思う
今よりもっと
ポロポロポロポロ泣くと思う
●夫 婦
辛かった
苦しかった
寂しかった
でもね
二人で闘ったという
思い出と記憶がないと
夫婦の絆は生まれてこないのです
今、あなたのとなりに居る人が
あなたの人生にとって
いちばん
いちばん大切な人で
親友なんです
ふたりで一緒に夕やけを
見ていたら
その人と一緒にいる理由が
きっとわかってきます
夫婦というのは
そういうものなんです
●朝の光につつまれて
生に属さず 死にも属さず
希望と深愁の間を錯綜しながら
天地を覆う落莫とした沈黙に支配された夜を押しやり
外が明るくなりはじめた
闇の中で溜め息まじりに身をひそめていた心は
待ちこがれた朝日の輝きにその身をゆだねる
夜の脆弱な心が一瞬の心をゆさぶる具象のごとく
朝日の中に吸収され泡沫する
目覚めの早い鳥達が庭の木々に飛来して
私の心に呼びかける
窓外の行き交う轍の音が命の鼓動を伝えてくる
窓から差し込む陽光は
心の迷夢を粉砕し
淀んだ空気をあとかたもなく一掃する
遠望の山々の木々の魂を透過し
海の中の無数の命を輝かせる
人の命も
自然の魂も
煌煌と耀いはじめた
私は今 朝の光に導かれ
明日という希望と肩をくんで
もう一度 行く道を
踏破してみようと
考えはじめている
●瞬く間の春
瞬く間の春でした
あなたへの想いは
伝えるすべさえ知らぬ我が心
あなたを慕うこの想い
春のやさしい陽ざしの中で
ゆらめき
さまよう我が心
瞬く間の春でした
あなたへの想いは
雪の中
花一輪のいとしきその姿
哀れさにも似たあなたゆえ
永き想いにただ耐えかねて
ゆらめき
さまよう我が心
あなたに捧げる
なにものもなく
焦れて消えた 夢の中
伝え合う何かがほしかった
今は秋・・・
●道しるべ
何処にたどりつけるのか
わからないけど
私はこの道を歩き続ける
顧みて
平凡な道かもしれないけれど
私の前には
この道しかないから
見晴かす夢に向かって
歩いていこう
迷ったり
淋しくなったり 色々悲しいことも
あるかもしれないけれど
やっぱり私はこの道を歩き続ける
感謝と共に
ぽくぽくとひとりで
歩き続ける
●日常の中の波紋
家人と声を荒立てて諍った
自責と悔いに苛まれ
僕は黙して外にでる
駅へと続く道の両脇には
道路に覆い被さるように
深緑色の葉が密生した欅の大樹が連綿と連なっている
木々の枝葉の間から淡い色がこぼれ降り
流れる雲がうたたかの夢となって心の影を映しだす
細く映る蜘蛛の糸のような通り雨が通り過ぎると
樹木の鼓動が吐く息 吸う息となって
さわやかな涼気とともに僕の身体を包み込む
名も知らぬ鳥たちが小さく鳴き声を交わしながら
緑葉しげる枝間を飛び交う
そばを行き交う人々がいる
小走りに息を切らして通り過ぎる人
日々の疲弊を背負い込んで うつ向きかげんに歩を進める人
楚々たる少女たちのはじけて跳ねる笑声が
煩悶した僕の心を嘲罵する
いろんな人が
いろんな場所で
いろんな人生を刻んでいる
みな行く所があり
帰る所があり
待っている人がいる
僕はと言えば
時間の感覚も曖昧な時空の中で
時ならぬ波紋の広がりに戸惑い
虚無的な感懐を消化出来ないでいる
突然と木々の間から白い蝶が現れ
ひらひらと私の廻りを舞い飛ぶ
山から吹き降りた風の鳴る音が
時を夜へと誘い始めた
そろそろ僕も家に帰ろう
家人との稀にみる穏やかな時間を共有するために
僕は大きく息を吸い込んで
自分の影だけ連れて黙って家路に着く
落日に向かう空はまだ群青の色
●限
早い日の暮れとともに
星が見えはじめた
澄みわたる冬の夜空に
鮮やかに耀う星々が
きらびやかさを競いはじめる
寒気 日増しに増して
一日ごとに我が身を追いたてる
冬枯れの庭に霜が降り注ぎ
やがてくる厳しい冬の到来をつげる
過ぎた日の幾多の出合い
過ぎた日のある日の別離
身をよじる哀しみに
我れを忘れて落涙し
跳ねほどの喜びを身にまとい享受した
そして今、哀歓とともに時は確かに
歳終へと向かう
とりたてて心にとめておく事もなく
恬淡とした時を重ねた
便々とした時を刻んできたわけでもないのに
齢長じるごとに
わけもなく時の経過に溜め息がでる
透き通った寒さの中で
一段と輝きを増した星々をみながら
過ぎし日を振りかえり
行く道に思いを馳せる
来年の今頃 私はどうなっているのだろうか
あと少しで年の暮れ