さみしがりやの思い出小箱

  朝陽の映画館

 

月の光をもっと欲しいよ 海面に三角小波が背のびしている

満月の海ぞいの道をバイクで飛ばしている私から

悲しいことかなしいことカナシイコトが

はがれ吹き飛ばされ私は天使

 

これで おさらばだ 悲しいことの全部と

満月色の海上を疾走したいとハンドルを切った

バイクはガードレール飛び越し海に突っ込み海底で

眠ってしまった

翼をもがれて陸へ上がった私に

悲しいことかなしいことカナシイコトが

舟底の貝殻虫みたい びっしり重くて重い

 

地球人がいっぱい眠っている街へ

海ぞいの道を海水の足跡を印しながら

弱々しく歩いている私かわいそうね

やっと無人のベッドに辿り着いた

 

悪夢の出来事の後にも目覚めは訪れる

眠りも覚醒もみんな演技 総てを演じる為に出かける

すでに今日のプログラムを上映している

朝陽の映画館へ

 

私の毎朝はこうして始まる

あなたにだけ こっそり お話したのは

あなたも きっと そうだと分かったからです

 

  金色のカゴ

 

私がスペインで帰路のヒコーキ代まで

使い果たし船で帰った岸壁で

白いハンチングで笑っていたのは

生きていた父であった

 

父が死んで数年して

誰がくれたのか置き忘れたのか

金色のカゴがある

 

人生の黄昏に立ったような気分の日

金色のカゴを夕陽にかざしてみる

 

キラキラ輝く金色のカゴの中で

ハンチングを被った父が笑い

私の青春が飛びはねている

 

  夕御飯

月が傾くと

空が回って

星が少しずれる

 

夜道を歩いて行けば

幼年時代に戻れる

ずっと 向こうの

ほんのり淡い明かりは

あの頃の毎日だよ

 

弟がいて父がいる

妹がいて母がいる

みんな揃って夕御飯

 

その夕御飯を食べたいから

テクテク 夜道を行く

満月は行手を照らしてはくれるが

何も言わない

そんなものは無いのだと

言って欲しいのに何も言わない

 

思い出の袋小路で

あの日へ歩いているはずの私が

いつものように

今の生活の場所で

夕御飯を作っている

 

  海辺のカフェで待ってて

 

死への方向と未来への方向とは

一致している

死の彼方に未来を画いてはいけない

死の予測を常に

頭という細密な器に入れておこう

 

今度 キミと会うのは

死の手前の それも ずっと手前の

海辺の明るいカフェがいいね

 

          以上「海辺のカフェで待ってて」より

 

  朝陽のスープと風のパン

 

朝陽のスープに 細菌が混じり込んでいないか

風のパンに 不発弾が捏ね入れられていないか

目を凝らし

ひかりに透かす

「いただきます」の前の重要な儀式

 

お父さん お母さんが 子どものころ

食卓は 安全な憩いの場でした

 

朝陽は

人間を愛しているから

輝くのだろう

 

風は

何でも知り過ぎて哀しいから

語らないのだろう

 

大人は

無心に食べている子どもたちを憂う

明日も食べられるかしら

朝陽のスープと風のパン

  日暮れ虫

 

ワタシが植物を動物より好きなのは

死が自然に見えるからよ

動物が死にゆく姿は残酷だ血を流したりして

哀しいなあ

それが みんな 当たり前のことなんだ

 

太陽も月も星もだ

宇宙は生と死でバランスをとる

 

花に水をやる

花は知ってる

 

ワタシの生きている時間を貰っているのを

花は気持ち良く笑う

花びらを開くのが花のコトバ

 

ジョウロからの水 とても低い所からの雨

花は花びらに雨の粒を しばらく留まらせる

小さなすき透った花びら色の

まんまるな虫がかわいい

 

花は「お水をください」と言わない

水やりを忘れていると

静かに死んでいる

 

花の墓を造らない

花は他の存在の死を飾るけれど

自分の墓はなく

誰も花の死体に花を飾らない

花は知ってる

死体はきれいに消え

土になり次ぎの花の種の母になる

 

花は簡単に買える

セロファンや美しい華奢な紙に包まれ

艶やかなリボンで束ねられ

生まれたてのベビーのように

丁寧に扱われる 短い時間だけれど

 

花は知ってる

きらびやかな衣装は死装束

リボンが解かれ美しい紙が剥がされ

ガラスのカビンはガラスの柩

陶器の花器は陶器の柩

竹カゴの入れ物は竹の柩

きれいな柩に活けられながら

 

死んでゆくのを

花は知ってる

 

動物は死を知り過ぎている

話し 書き 何かを残してゆく

死体の美しさはとても短い

時間が生の姿を激変させるので

死体は花で埋められる

動物の死体は正視したくないものだ

 

ワタシは花に水をやりながら汚れを落とし

犬と散歩しながら日暮れの空を仰ぐ

花は花びらに透明なまあるい虫を乗せ

犬は地球の匂いを丁寧に嗅ぐ

 

地球の匂いも間近で嗅がないワタシの肩に

透明な虫が留まっているだろうか

花も犬も人の出来ないことを簡単にする

 

人は動物の肉体を持ち

ココロは植物に似ている

ココロは肉体から離れられない

大昔に人が木の葉を衣装にしたのは

知っていたのだ

人が動物になりきれず

植物として愛という水を欲しがるのを

 

月に宇宙船が行き ウサギは死んだ

真実はいつも哀しい

大人が語らなくても

子どもはなんでも知らされてしまう現代

 

人工衛星が宇宙をかき乱し ゴミになり漂う

地球だけではなく宇宙も人が壊し始めている

犬は地球の匂いを嗅ぎながら 解る

地球が奇妙に歪んでいくのを

花は気付く

透明なまあるい虫は

空からの雨ではなく水道の水だと

 

真実は時間をかけて姿を現す

小さな実が

時間をかけて残酷な大きな実になる

それはたいてい哀しい色の果実

日暮れどきの空の色は 哀れんでいるのかな

人間に生まれたこと

死んでしまうということ

 

誕生と死の裏表一枚のカードを握らされて

海辺の木のベンチでボーッとしていると

忘れるのね 生きてるのを

思い出すのね 死んでしまった存在たちを

 

「帰ろうか」

「そうだね」 

 

ほのぼのと月光が辺りを染め始めた

昼間は太陽のひかりで消されていた月のひかり

在るものが去り

ずうっと居たのに見えなくて見えて来るもの

自然はテクニックの無い手品だ

 

海からの風を背に

駅のエスカレーターに乗りながら見付けた

前に立つキミのシャツの左肩に

まんまるな青い透明な日暮れ虫が留まっている

 

「日暮れ虫が留まっている」 

「ボクの肩は留まり心地がいいのかな」

 

エスカレーターは優しい

静かに人を運ぶ 必要なところまで

 

  草笛が聴こえる夜

 

戦いで死んだ人のタマシイ

病気で事故で自殺で

死んだ人のタマシイ

 

みんな同じ処へ

遠足に行きっぱなし

その場所は

透きとおった

みずうみのような草原で

さらさら風が

歩いたりする

 

みずうみのような

なめらかな草原に

さざ波が立つ

それは会話である

生きていたんだ

泣いたり笑ったりして

怒りもして

 

いろいろな死に方で

すーっと昇ってしまった

タマシイたち

 

みずうみのような草原で

休息して平和を草笛で

語って欲しい

 

草笛が聴こえる夜

死んだ人を想う

そんな夜は

タマシイへ

詩を書いている

 

いつか

ワタシも逝く

みずうみのような草原へ

 

タマシイだけになっても

欲張りだから

思い出いっぱい抱え

「うるさいなあ」と

お先に着かれたタマシイたちに

呟かれながら

 

この世からふんわり離れた

みずうみのような草原で吹く

空色なのに透明な草笛を

 

誰かが思い出してくれるかしら

という想いもない

散る花びらのようなメロディーで

 

  石のベッド

 

痛かろう赤トンボ

最後のベッドが敷石道では

 

  さみしがりやの思い出小箱

 

酒ならなんでもいいや

と いうほど酒のみでもなく

男なら誰でもいいや

と いうほどの男狂いでもなく

キラキラきれいな物ならなんでもいいや

と いうほど宝石好きでもなく

優しくしたい

と 思うほどには優しくもなく

言ってしまえば

気の向くままでいいや

と 開き直るほどの度胸もなく

明日は雨の天気予報で少し暗い気持ちになり

晴れでお洗濯日和ですとテレビが言えば

正確にはアナウンサーが報告しているだけなのに

うるさいなあ・・・洗濯ぐらい好きにさせてよ

と どなるほど攻撃的でもなく

しお垂れた花のように美しく生きているだろうか

と 鏡を見るほど積極的でもなく

優雅に生きよう

と 思いながら

空いた席を探したりして

葉っぱみたいにひらひらしている

 

これでいいのだろうか

 

取り込み忘れた洗濯物を 竿から外すのは

意外に神経を使うものだわ

誰か助けてくれないかしら

 

空を見たら

ヒコーキが

乗客たちの色違いの想いを乗せ

赤のランプを点滅させて

闇の宇宙を

航行している

 

       以上「さみしがりやの思い出小箱」より