目次
序 詩
第一部 浅い呼吸はプネウマを求める
ナチュラルエチュード(K・Nに捧げる)
慈しみの密儀の森の中で
季節への手紙
エトルリアの響き
地下鉄道
果実の卵
ポスト・モダニズムの光と翳の中で
ムーサイ(ミューズ)に捧げる
一万年の愉楽(重力の都市)
序 詩
宇宙から見ると 地球は一滴の涙だった
水の惑星は 海の惑星
想い惑う星は
大気という海に守られ
海に慈しまれ
主の胎内にある
宇宙から見ると 地球は一滴の涙だった
第一部 浅い呼吸は プネウマを求める
生・性・聖は清の中で弁証法的運動を内在し、濁を抱き
それぞれの段階で生命を得て、それを高めようと欲する
*プネウマ=気風、風、大いなるものの息。ギリシャ哲学で人間の生命の原理。キリスト教での聖霊。
ナチュラルエチュード(K・Nに捧げる)
君の部屋の
野鳥図鑑のさえずり
ゆっくりと
地球儀になぞる指先は
渡り鳥の軌跡
地中海の
オリーブオイルが沁み込んだ
聖書は銀の重み
君はちょっと引きずる左足
僕は不自由な舌
ふたり歩むことで
とても自然に
季節の草花を覚えていった
もちろん
花の名前ではなくて
瞳に映る世界は
林檎の香りもして
僕はいつも とまどってばかり
ふたり いつしか
深い森のなかを歩んでいる
ブナの木に耳を寄せると
サワサワ幹に 水を吸い上げる音
(だれの足跡もない )
(僕らの足跡が前方に)
(微かに残っている )
幾万年も 陽を浴び
純水を守り育ててきた森
太陽を体に沁み込ませる
血液として
葉を繁らせ 積もらせる
生まれくる木々
地層にまで根を張った きのこが
発散する過去
血の匂いがする
星も見えないほど
葉を繁らせて
何を探しているのだろう
大切なものって何だろう
人は何を食べて生きるのだろう
何処へ行けばいいのだろう
メフィストの魔女の小鬼が笑う
森の地図を持たない君は
地下水脈を 風として聴き
風の言葉の絵を描く
森の光が道になる
僕の胸のなかでさえ
気づかぬうちに
ポンチョを着た君は
果実である薔薇
ロルカの詩集を 僕に贈り
「ムーチャス グラシアス」と
黄金色に笑う
そして
自分の部屋を包装して
リボンを掛ける
贈り物って 抱きしめる
あの頃のように また
ふたりの歩幅で
見つけられないかな?
こんどは ふたりで歩ける
地上での道路ってやつを
こんや 教会学校の窓辺で
僕は深い 森を
生まれ来る季節のために
読み聞かせるつもりだよ
僕の働く
病院の中庭
老恍惚の人々が吹く 石鹸水
シャボン玉は
イースターの祝祭の卵
割れながら 記憶を宇宙に還す
やがて僕達も
それぞれに
慈しみの密儀の森の中で
Ⅰ
ケルトの日輪の十字架
深い森に分け入ると
太古からの祈りの残響が
大気に濃密に残り
肌を湿らせる
森はまだ厳格な魔術を解いていない
ふと
淡い光に気づくと
泉がある
葡萄酒の血潮が涙を流す
森に海が煙り
生命が宿っている
密儀は
始源からの声を
覚醒した眠りの意識で伝え
(羊水のなか )
(原初からの )
(メタモルフォーゼスを )
(重ねる胎児 )
(あるべき姿に立ち返るために)
海はいつも記憶を重ねてゆく
波打ち際の
心拍
三十億年もの間
月に愛撫されつづけた海が
まだ豊饒を意志している
人が 海を脱ぎ捨てても
心拍
雪の静けさで 刻まれる心音
人が森の中に海を見出す 時
葡萄酒の血潮が涙を流す
森に海が煙り
感覚の胸に
生命が宿り始める
Ⅱ
君が眠るのは ビタミン入りの汚染された海
マーブルのオレンジ色が淡く発光する
表層の闇を遠ざけるために
太陽を身体に 潤沢に滴らせよ
白い肌のままに
内蔵が 甘く薫る
夜が来たとき 裂けた目から
屠られた子羊見せる なめらかな肉襞
ふるえ痺れた肉体は 内に潜む自然を手探りする
極寒にも耐え抜いた 木々のそよぎ
身をまかせてしまうと
木漏れ日のもと けもの道ばかり
ここでは人もけもの
遺伝子 人ゲノム ES細胞 テロメア
人はもう『生命の樹』に 手が届こうとしている
森の根に潜む アルカロイドが 君の心を静めたら
草原の風に吹かれ せせらぐ瞳
血を滲ませ舞踏しよう
なめらかな旋律のために
血の匂いが甘く芳ったら
肌の匂いは蘇る
Ⅲ
罪なき実りの葡萄酒は 血潮
人類のために流され
えぐり裂かれた心臓
時代と地理を貫いて
贖いの血は 水の波紋として
人類を満たしている のに・・・
いつくしみへの器は
慈しみへの信頼から
灼熱のマグマを湧出させつつ
たおやかな波長で 思惟を重ねてきた海
心はささめきを内深く抱きしめ
祈りは 明るい痛みを 魂から滲ませる
鋭い悲鳴は 罪を知る者から発せられ
(光・ひかり・光)
粒子たちが身体をつらぬき
(光・ひかり・光)
波が心まで映し出してしまう
祈りが 光を呼吸する
懺悔は静かに
ふいに意識が 遠い日に目覚めると
肉体が太古からの薫りを発する
生き抜く血の記憶を踏みしめ
血がたゆたえる交響
森は『火の洗礼』を充全に与えようと欲し
潤沢に刻まれる心音
人が森の中に海を見出す 時
いつくしみへの信頼
満ちてゆく壺 蜜の光
葡萄酒の血潮が涙を流す
森に海が充ち溢れ
生命が宿る
地球は賛歌のための必要な痛みだろうか?
終末の時の前に
慈しみの時
『タリタ クム』
『タリタ クム』……『少女よ、起きなさい。』
イエス・キリストがガリラヤで十二歳の少女を死の床から蘇生させた逸話より。
マルコによる福音書 5:22-24 35-43
季節への手紙
季節ごとに語彙の変わる辞書を僕は持つ
潤んだ十一月の手のひらに
清冽な気層から
熱い水晶体の微細な砕片は凝集し
結ばれてゆく
胸の内に
微かな声を感じとる
静寂に気づかされ
秘めやかに咲き始める 君の胸
宇宙に遍在する(言葉)を感触し
小さな呼吸へと解放される 吐息
僕の胸が 柔らかな融点で融けてゆく
夜が熟してゆくとき
朝の陽の光を
世界にめぐらせあうために
薫りだす木々の葉脈
海が熱く頬をつたい
視覚は表層から深まりゆき
瞳は部屋に薫りだす
僕達の血液は
陽の光を噛み砕いて
出来ているはずなのに・・・
ふいに 手はふれあう
眼差し
碧い金属が芯核から色彩を増して熔けてゆく
君の手のひらのなかで
果実を探る手の やわらかさは
陽射しから編まれている
導かれて 唇はふれあう?
君の旋律が僕を奏で
僕の旋律は 海の中の陽光
君を奏でる
静止する光のやわらかな匂い
やがて残像を残す 輝線の豊かさ
ふたりの存在の うるんだ時空
微かなゆらぎ自体が結晶を始める
碧い金属が 彩度を秘め
サラサラと頬をつたう
宇宙の波打ち際で
血の光を持つ
生まれたての人類の 季節のために
エトルリアの響き
淡い柔らかな 古代絵画に装飾された
エトルリアの貴族の石室で
碧い宝石 の秘密について話そう
その輝きの起源を
暗闇の中の仄かな光
感触する永遠の定理
光は 原初の灼熱と高圧で結晶する
宝石とは滴る雫
【輝ける精神の光】へと 回帰するための表象
豊かな大地の実りの麦を
エメラルドグリーンの地中海へと豪華に還元させて
僕らは夢想と愛だけを紡ごう
地中海の覇権などに興味はないから
沈黙のない街角 音楽に満ちた都市
アウロス・ティバエ・リトゥウス
ルクモの養う芸術家は
祭儀のための優雅な踊り子
使いの船を広く走らせよう ギリシャヘ/ラットヘ/ポンペイヘ
ギリシャ人と共に壷を造り 神殿を建て
地中海の泡へと 実りを豪華に還流するために
古代の空を映す 青く光れる帆を張って
輝ける12都市国家の栄華 夫婦は寄り添い
神々と共に逸楽の宴につき 神々と共に悲嘆にくれる
【死から生み出される 生命 地上では】
彩やかなネクロポリス
10世紀という 自らの寿命を知る民族
ああ 永遠のローマの喧騒と
形而下を握り締める がさつで逞しい 右腕
聖霊の手に護られながら
民族が激烈な融点で 融けゆくとき
精神の光は受け継がれる
新たな甦りの朝を求めて
過去からの光が 苛烈の灼熱を癒すために
微睡みながら熟してゆくとき
涙の純度は高まりゆく
やがて一つの雫を産み落とす
地下鉄道(アンダーグラウンド)
レンガの空に浸蝕された 黄金の焔の息吹き
実り薄き土地によって質実に唇は引き締められ
ソレイユは煌く純粋を 蜜を受けとめる舌先に投げかける
無意識下まで掘り進められた 共時性器官
細胞は二重螺旋に眠り
太陽へと繋がる ダ・ヴインチの螺旋天体儀
音もなくすまし顔で発車してゆく列車で
まだ幼い青い海の見える地方は 齎されるだろうか
瞳に宿る 輝石の成長力を秘めて
5分ごとに列車がくることに
多くの人は気づかない
雑踏は静かだ
天上の果実に神経をはりめぐらせて
潤される眼球
時代の息を吸い 息吹を与える
精神の地層を織り成す瞳たち
人類の潜在意識に原初の言葉を一滴落とす
誘う軌道
歴史が潜在させ続けてきた瞳たちは
未だ暗き世界の中で・・・
純粋な連鎖を繰り返す
密やかな囁きの精度を高めて
構築された碧き自我の映す
整然とした 細密に揺らめく光
西欧の陰翳は
ダ・ヴインチが右手に持つ 輝けるセピア色の地球儀
光の側面と
闇の側面と
(以下略)