フランスというとファッションや映画、あるいはシャンソンなどの音楽、そして有名シェフのグルメがよく知られていて、都市のイメージが強いかもしれません。ところがEUのなかでもトップクラスの農業国で、自給率はオーストラリア、カナダ、アメリカに次いで世界4位。穀物自給率(小麦や米などの穀類)はオーストラリアに次いで第2位という世界でも有数の農業国であり農産物の輸出国なのです。
ちなみに日本は自給率40%、穀物自給率は27%で、世界の先進国では最下位。世界でも大きな食糧輸入国であり、フランスとは対極にあります。
フランスでは戦後から農家の大規模化が進められてきました。1960年に就業人口に占めていた農林水産業者は22.5%で、424万3000名でした。しかし、2002年には81万8000名で3.0%にまでになっています。農家の農地面積は17haから42haへと大規模化しています。そして日本の農家がJAや役場に勤めながら農業をする兼業農家が圧倒的なのに対して、フランスは専業農家が8割を占めているのです。
小麦や大麦やトウモロコシといった穀類、牛乳、肉牛、ワインなどの生産物は、EUでは最大の生産量をほこっているのです。
日本はというと一戸あたりの農地面積は1.8ha。つまりフランスは、日本の23倍もの規模の農家なのです。
大型化するとは、つまり小さな農家を集約化し、同時に合理化や機械化も進められてきたということです。そして生産性をあげるために農薬や化学肥料も大量に使われることにもなりました。これは別にフランスだけでなくアメリカや日本でも、近代化した国は、農地の集約化と農薬や化学肥料の使用を行っています。そして農業者の占める割合は減っているのです。
その結果、たくさんの農産物が少ない人手で生産できるようになった反面、一方で大量生産に向いた農産物や家畜だけが作られて、種の多様性が失われたりしました。大量に一律に私たちの食が作られ、どんな食べ物がどこで作られているかさえわからない状況が生まれました。その様子は『いのちの食べかた』(2005年/オーストリア・ドイツ合作)で描かれています。
また化学肥料や農薬で生態系が壊され小さな生き物が畑からいなくなったり、川の魚が死んだり、また農薬での薬害が農業者を苦しめたりという、環境の変化によるアクシデントが起こり報告されるようにもなりました。もちろん農薬や化学肥料を使用するにあたっては、安全基準は設けられているけれども、実際は、多くの農産物に使われています。
そこで生まれたのが、農薬や化学肥料を使わずに、自然の循環を考えて栽培をする有機農業の存在です。有機農業の推進はフランスがもっとも早く始まりました。しかし、他のEU諸国が、より積極的に進み、フランスは遅れる形となったそうです。
2001年の統計によると、もっと進んでいるのはイタリアで5万6440戸(2.44%)、ついでオーストラリア、スペイン、ドイツ、そしてフランスとなります。農家数は1万365戸で1.55%です。日本では約5000戸といわれ、極端に少ない数です。
そんななかでフランスは、有機農業の推進に力を入れ始め、近年は、国の方でも補助金を使い推進しています。これはたんに化学肥料や農薬を使わないというだけでなく、農村の自然環境を保護して、村の景観を守り、そして農業を存続させるという意味での補助金なのです。自然が美しく食も安心となれば観光にも使えます。実際、フランスでは農家を改装してベッドのある個室を設けて宿泊できるようにし、農村で休暇をゆっくり過ごすというグリーンツーリズムがもっとも盛んな国となっています。
日本でもグリーンツーリズムを提唱していますが、フランスのようにはまだなっていません。有機農業に関しても、ようやく2007年に有機農業推進法ができて、2008年から有機農業を実施する団体や自治体に補助金が一部使われる試みが始まったところです。
さて給食ですが、有機農業と同じく、もっとも早く国が給食を始めたのも、じつはフランスだと言われています。ただし現在は選択制になっていて、給食を行うのは、各自治体に任されています。したがって日本のように一律にどの小学校や中学校でも誰でもが食べるという形で行われているというのではありません。
ちなみに日本の学校給食は小学校で95.7%、中学校では72.5%(日本スポーツ振興センター 平成16年版学校給食要覧)とほとんどで実施されています。
フランスでは、子どもたちは昼休みに時間をとっていったん家に帰り食事をします。そうでない子どもたちは学校に設けられた食堂で食事をします。現在は、全体の半数が食堂を使っているといわれています。それもゆっくり時間をかけて、コース料理として食べるというものになっているそうです。なんとも優雅ですね。
アメリカや日本でもそうですが、今、子どもたちの間に問題になっているのは、食の簡易化から生じる肥満や糖尿病といった生活習慣病です。ファストフードによる食の偏りが、子どもたちの体をおびやかしているというのは『スーパーサイズ・ミー』(2004年/アメリカ映画)でも紹介されています。そこで、子どもたちの食のことには、どの国もバランスよく食べるように食の教育を行うようになりました。フランスでも、ファストフードやインスタント食品による、子どもたちの食からの生活習慣病が問題になり始めました。日本でも同様で、2005年、食育基本法というのが生まれて、食をバランスよく食べることを国が法律で決めて支援することになりました。
フランスでもバランスのよい食事をするように国で予算をつけて推進しています。そんななかで、フランスは、学校給食に加えて、もっとも盛んになったのは、教育ファームといわれる農家の体験です。これは農家を開放して畜産や農業の様子を子どもたちに体験させて食の現場を知らしめるというものです。それだけでなく、環境問題、料理や文化、農産物のことを本で読む国語教育、鳥の数を数える数学というように、さまざまな学習機能をもっていて、これは1400箇所以上あるだろうと言われています。
また本当の味を子どもに伝えようというのでワインの醸造学者のジャック・ピュイゼ氏が小学校の先生たちと始めたのが、食の本物の味や生産地を知る「味覚の教育」と言われる食の授業です。小さい子どもたちは、舌も敏感で、食を五感でとらえます。その大切な時期に、食を通して子どもたちの味覚と豊かな感性を育てる教育で、これは多くの小学校で実践され、毎年、味覚の習慣としてイベントでも実施されています。
また三ツ星のレストランのシェフたちが、毎年、小学生に食を伝えるボランティア活動などもあり、子どもたちの食の環境を支援する活動が活発になっています。
実は、私自身も「味覚の教育」や、農場での体験講座は、大学の授業や、かかわった茨城県常陸太田市や岐阜県飛騨高山市、長崎県平戸市など、各地市町村の方々に頼まれて開催をしています。
たまたま、もう12年以上も前に東京から千葉の農家にツアーを試みたのが始まりで、それが好評だったから各地で行うようになったのですが、そのうちに調べているうちにフランスが先進地だということを知って、もっと教育的要素を入れようと、フランスのように食材のテキストを作成し、ティスティングを取り入れたり、農業と環境のことなどの話を入れたりして行っているのです。またときには料理家と一緒に講座を開いたりもしています。
この映画は、町でオーガニックに給食をするという理想を描いています。これは多くの人たちが望んでいることでしょう。嬉しかったのは、すでに実行に移す人たちが現場にいる、ということです。国を超えて、持続的な農業と環境に配慮した食のつながりができるという可能性があると、感じさせてくれました。こんな大人たちが行動を起こせば、子どもたちは、きっと未来に元気ですこやかになれるでしょう。というのは、私自身が日本各地の学校給食を食べにいっていて、すでに日本でも、東京都北区、宮崎県綾町、兵庫県豊岡市など、地域と連携してオーガニックの米や野菜を導入する試みが始まっているからです。そんな仲間がたくさんいます。その人たちに、この映画を伝えたいと思いました。そうすればお互いが刺激しあい、もっと広がるかもしれないと感じたからでした。
またスローフードの発祥の地イタリアに行ったら、こちらは、学校で有機農業を教える「スクールガーデン」が行われていて、学校給食には、地域の小さな農家のものを優先して使い、市で有機農業を推進するよう、50市が協定する「スロータウン」が進められていました。
まだ小さい動きかもしれませんが、この映画は、国際的な動きのなかにある、と確信をもったものです。
参考文献:
- 『フランスの教育ファームに学ぶ その理念と活動』大島順子、井上和衛共著(財団法人都市農村漁村交流活性化機構)
- 『子どもの味覚を育てるピュイゼ・メソッドのすべて』ジャック・ピュイゼ著、三國清三監修、鳥取絹子訳(紀伊国屋書店)
- 『日本人の食生活を読み解くデータ総覧2006』生活情報センター
- 『欧米の食育事情』(調査と情報 第450号)国立国会図書館
- 『海外農業情報』農林水産省ホームページ
- 『食料・農業・農村白書 平成20年版』農林水産省。