見努世友
寒雷の夕べかそけき風わたる甘藍畑時雨てゆくか
蓑虫はちちよと泣くを弱虫のスカイメール数多土曜の夜は
BFなるを恋人リング買へざるはチーズフォンデュー作らす男
世田谷へ乗り継ぎ乗り換へさんざしの西脇ワールドその武蔵野へ
山桜おもひおこせよ石山の式部切見つ「見努世友」に
中空にこころ放たむ和泉式部われに重かる黒髪なけれ
エクセルに観点別成績入力し目には黄色い目薬を注す
粛粛たり死顔美しく伯母逝くと母告げくるをなぐさめかねつ
マルセイユまだ見ぬ港帆の影の青年ダンテス会ひたきひとり
リベンジも豪壮なればきらきらし気球に乗りて伯爵舞ひ降りぬ
孤悲ごころ揺らぎ撓めり深く濃くガガン・エディションで聴くハイドン・セット
二つ咲き七つ咲きたり大百合の変化は香るオリエンタルぞ
氷雨降るのち雪ならむ夜を煮立つひとり鍋する鱈の顚末
フリーズの旅のファイルを解凍し西南西へ旅支度せむ
ナッシング
アルルなる冬の運河の跳ね橋にナッシングこそきらめく無限
南仏へゴッホ駆り立つジャポニスム黄や紫の花あふれけむ
秋ごとのゴッホ展にて感電す黄と狂と青のうねるたましひ
わが愛す「ラ・クローの収穫」黄の祈り黄金なすまでみづみづと空
くるほしくプルシャン・ブルーに烏飛ぶ絶筆思ふいまさら深く
フレデリック・ミストラルに会はむカフェテラス星夜を待ちて旅人われも
黄色い家震撼したり耳切りて届けられたり馴染みの女
繃帯のゴッホにらみて消えゆけり療養の中庭微光かなしき
日本が買ひたる「ひまはり」耳切りてのちのあをめく冬のひまはり
〈バン・ゴッホよ〉武者小路の賛へたる明治も末の「白樺」号遠く
浮世絵の中に雨降りゴッホ橋わたりて来たり志功・小林
ひまはりの黄のテーブルクロスを買ひにけりアヴィニヨンの城の夜の月
歳晩のオルセーの階駆けのぼり緑の自画像涙さしぐむ
美夕の賦
浅紫纏ふさつきの水の香に思ふひとすぢゴッホ展青し
リュベロンの金の夕雲ロゼの谷かの冬はひた旅人なりき
たまきはる屈原「懐沙」つぶやきぬ昧昧と暮れて散るニセアカシアは
愁殺の秋瑾烈士しのぶ夜半いざなひやまぬ西湖夕照
夕波のきららビーチよ周防灘友ら還らぬ故里がある
七回忌父と来し道 連れ立ちて雄太八歳せつなさ知れど
人を負ふことなき背なをあたためて美夕の浜ゆ空ほしいまま
須弥山はときじくに花白からむわれには初夏の藍の夕富士
夏されば空の高楼モスラ飛べゴジラ帰巣す豊葦原へ
朝顔の蔓待つ空に墨流し思ひとどめむ楮紙六尺に
水のやうにトルコ桔梗咲くからにシャンパングラスに夕陽を注ぐ
芸亭や横浜ローズひかりたる港の丘にわが真珠月
峨眉山氷花の歌
白緑の水城に浮く真珠色蜀の朝に思ひを起こす
遥かなる敵を見むため星も見む三星堆蟹目の勇士
不可思議の鳥も止まらむ扶桑樹よ燭龍照らしけむ稲の村
錦水を下り蛮江愛しみし蘇軾過ぎけむ仏脚の怒濤
ほほゑみに遠き祈りをみそなはし楽山大仏大渡河にらむ
半輪を求めど天霧る峨眉の山氷の花が咲くとうたはむ
ゆきくれて藍の金頂三〇七七m夢にだに見で尽きたるごとし
仏光の紫紅金色隠されて普賢菩薩の象撫でにけり
あらたしく明けて詣づる報国寺ひとを思はず観音をがむ
大足でパンクしたりき 宵闇は「孔乙己」開けて一杯また一杯
ぐるりぐるり車軸はめぐる六道輪廻われは何処の旅人ならむ
邪恋せし男の処分あるもよし宝頂山涅槃像ありがたき
冬草の緑しづけく龍崗山飛天に遭ひて湧き立つこころ
朝天門かなたにあらむ嘉陵江うやむやの橋重慶渡る
横濱
横濱に新婚破婚そののちもひとり長くてさもあらばあれ
おぼろ夜の離婚記念日来るごとに歳月深くいづる旅人
飲茶する四川菜館三階に妹二人よびたき夏は
留学生秋瑾ひそかに歩みけむ南京街の広東店へ
馬車道で開化ステーキ食みたるは薔薇を差し出す七人の敵
赤レンガ倉庫に影はたそがれてふらりふらふら汽車道帰る
「神奈川沖浪裏」に見ゆランドマーク キング・クィーン・ジャックは昔
霧笛鳴れ大桟橋につゆじもの大正十年十月の茂吉
うちよする波に洗はる「象の鼻」タツノオトシゴ釣れたりと聴く
提督の来りし嘉永七年の横濱村の玉楠の木あり
うら恋し蔓のごとくもつややかに「香紙切」書く水無月祓
あかねさす空の重さよカフェテラス紫陽花の海揺るを眺めて
ひたすらに書きぬ壊しぬさびしさもわが横濱に乾す秋の夕暮れ
水駅の月影さやに秋さればあやしき淵ゆ発つ鳥あらむ
西安の春望
桜咲き菊散りゆくをあらびたる黄巾黄巣満ちて消えたり
朝光に小坂登りて楽遊原八重の桜に濃き青龍寺は
夏雲の嵯峨たる空に白居易は思ひけむ煙蘿に帰らざるを
唐武宗会昌八四五年の円仁に仏教弾圧の風波激しく
西漢の層より出でしきらきらの金餅うづたかしわれを立たしむ
黄金の珍獣ありき三世紀馬か麒麟かミステリーはなつ
ダンスする馬は浮きたつシルバーポット唐の白酒をのみたき心地
興慶宮人民ダンスの群れ避けて柳湖をめぐる二胡の音に揺れ
岐山麺もとめ南関正街六元の激辛を食む三千年の麺
お気に入りのスポットめぐり春燦燦城壁の街にハーゲンダッツ美味し
碑林深く遭ひたり趙子昂「天冠山詩」われは隠るる楽しさにあり
熱湯に紫砂はめざめて茶芸みす姑娘の手の舞ふ午後長く
透明の翠に茶香ひるがへりセレン紫陽茶詩の立つゆふべ
菜の花は美し黄河わが春のネイビーのトレンチ別情に満つ
曼荼羅を飛ぶ
あかつきにめざめ墨磨れむらさきに「関戸」一刻わがものとせむ
まぼろしとさとらずにおく馬走る碗に薄茶を点つるあけぼの
ブルースの流るる夜を歩くことなきバンパイア「相棒」を見つ
金平糖びんなかほどに遊びをり雪ふる夜はゲルダのごとく
空深し「アルマゲスト」の野にも咲く惑星すみれ探しにゆかむ
バロックを出でて響かすコロラトゥーラ夜の女王母なるも濃し
弾丸に逝くも恋なり奸計に弱きオペラに泣くこともなく
赤信号ながめ菊水飲みゐたり一九九三年春の外灘(ワイタン)
あめつちにわれはひとりのほほゑみに光りたきもの曼荼羅を飛ぶ
したたりて伊予柑の香は爪に染む南硫黄島北北東噴く
三色のパプリカ切られ牡蠣は待ちパエリア鍋に米透くまでを
たましひに響く寒さや花ごろも薄墨なるを人なとがめそ
ト音記号の水
かげろふの燃ゆる思ひの春昼を睫毛濡らして沫雪は降る
津波よすアンチポデスの海に咲く藪の椿よふるさと遠く
投げ入れの桃の花壺ひとり酒大内塗の雛夕かげる
運命の力を歌へレオノーラ愛と呪ひの岩屋に死すも
十代のわれの不可解マノン・レスコー魅力と言ひき謹厳なる父
情に死す義に死すもよしと思はねサロゲートひそむ悲しかりけり
長堤に菜の花咲かば歩きなむ桜散りしく海に遭はばや
足袋をぬぐ畳の上に春愁の花びら払ふ人には逢はず
迷迭香ちりばめたつる湯けむりにト音記号なす春の水あふる
荒涼にからぶこころを修復す周杰倫のピアノ「菊花台」哀し
銀髪のアルゲリッチのアレンスキー歳月の淵ひかりつつゆく
青磁なす野薔薇の空を青つづら苦しきものを山寺の鐘