鼠坂

 小日向こびなたから音羽おとはへ降おりる鼠坂ねずみざかと云いふ坂さかがある。鼠ねずみでなくては上あがり降おりが出來できないと云いふ意味いみで附つけた名なださうだ。臺町だいまちの方はうから坂さかの上うへまでは人力車じんりきしやが通かよふが、左側ひだりがはに近頃ちかごろ刈かり込こんだ事ことのなささうな生垣いけがきを見みて右側みぎがはに廣ひろい邸跡やしきあとを大おほきい松まつが一本いつぽん我物顔わがものがほに占しめてゐる赤土あかつちの地盤ぢばんを見みながら、ここからが坂さかだと思おもふ邊へんまで來くると、突然とつぜん勾配こうばいの強つよい、狹せまい、曲まがりくねつた小道こみちになる。人力車じんりきしやに乘のつて降おりられないのは勿論もちろん、空車からぐるまにして挽ひかせて降おりることも出來できない。車くるまを降おりて徒歩とほで降おりることさへ、雨上あまあがりなんぞにはむづかしい。鼠坂ねずみさかの名な、眞しんに虛むなしからずである。

 その松まつの木きの生はえてゐる明屋敷あきやしきが久ひさしく子供こどもの遊場あそびばになつてゐたところが、去年きよねんの暮くれからそこへ大おほきい材木ざいもくや、御蔭石みかげいしを運はこびはじめた。音羽おとはの通とほりまで牛車うしぐるまで運はこんで來きて、鼠坂ねずみざかの傍そばへ足場あしばを掛かけたり、汽船きせんに荷物にもつを載のせるcraneクレエヌと云いふものに似にた器械きかいを据すゑ附つけたりして、吊つり上あげるのである。職人しよくにんが大勢おほぜい這入はいる。大工だいくは木きを削けづる。石屋いしやは石いしを切きる。二箇月にかげつ立たつか立たたないうちに、和洋わやう折衷せつちゆうとか云いふやうな、二階家にかいやが建築けんちくせられる。黑塗くろぬりの高塀たかべいが繞めぐらされる。とうとう立派りつぱな邸宅ていたくが出來でき上あがつた。

 近所きんじよの人ひとは驚おどろいてゐる。材木ざいもくが運はこび始はじめられる頃ころから、誰だれが建築けんちくをするのだらうと云いつて、ひどく氣きにして問とひ合あはせると、深淵ふかぶちさんだと云いふ。深淵ふかぶちさんと云いふ人ひとは大おほきい官員くわんゐんにはない。實業家じつげふかにもまだ聞きかない。どんな身みの上うへの人ひとだらうと凝うたがつてゐる。そのうち誰だれやらがどこからか聞きき出だして來きて、あれは戰爭せんさうの時とき滿州まんしうで金かねを儲まうけた人ひとださうだと云いふ。それで物珍ものめづらしがる人達ひとたちが安心あんしんした。

 建築けんちくの出來でき上あがつた時とき、高塀たかべいと同おなじ黑塗くろぬりにした門もんを見みると、なる程ほど深淵ふかぶちと云いふ、俗ぞくな隷書れいしよで書かいた陶器たうきの札ふだが、電話番號でんわばんがうの札ふだと並ならべて掛かけてある。いかにも立派りつぱな邸やしきではあるが、なんとなく樣式離やうしきばなれのした、趣味しゆみの無ない、そして陰氣いんきな構造こうざうのやうに感かんぜられる。番町ばんちやうの阿久澤あくざはとか云いふ家いへに似にてゐる。一歩いつぽ進すゝめて言いへば、古風こふうな人ひとには、西遊記さいいうきの怪物くわいぶつの住すみさうな家いへとも見みえ、現代的げんだいてきな人ひとには、マアテルリンクの戲曲ぎきよくにありさうな家いへとも思おもはれるだらう。

 二月にぐわつ十七日じふしちにちの晩ばんであつた。奥おくの八疊はちでふの座敷ざしきに、二人ふたりの客きやくがあつて、酒酣さけたけなはになつてゐる。座敷ざしきは極きはめて殺風景さつぷうけいに出來できてゐて、床とこの間まにはいかがはしい文晃ぶんてうの大幅たいふくが掛かけてある。肥滿ひまんした、赤あから顏がほの、八字髭はちじひげの濃こい主人しゆじんを始はじめとして、客きやくの傍そばにも一々いちいち毒々どくどくしい綠色みどりいろの切きれを張はつた脇息けふそくが置おいてある。杯盤はいばんの世話せは ママを燒やいてゐるのは、色いろの蒼あをい、髪かみの薄うすい、目めが好よく働はたらいて、しかも不愛相ぶあいさうな年增としまで、これが主人しゆじんの女房にようばうらしい。座敷ざしきから人物じんぶつまで、總すべて新開地しんかいちの料理店れうりてんで見みるやうな光景くわうけいを呈ていしてゐる。

「なんにしろ、大勢おほぜい行いつてゐたのだが、本當ほんたうに財産ざいさんを拵こしらへた人ひとは、晨星寥々しんせいれうれうさ。戰爭せんさうが始はじまつてからは丸一年まるいちねんになる、旅順りよじゆんは落おちると云いふ時期じきに、身上しんしやうの有ある丈だけを酒さけにして、漁師れふし仲間なかまを大連たいれんへ送おくる舟ふねの底積そこづみにして乘のり出だすと云いふのは、着眼ちやくがんが好よかつたよ。肝心かんじんの漁師れふしの宰領さいりやうは、爲事しごとは當あたつたが、金かねは大たいして儲まうけなかつたのに、内うちでは酒さけなら幾いくらでも賣うれると云いふ所ところへ持もち込こんだのだから、旨うまく行いつたのだ。」かう云いつた一人ひとりの客きやくは大だいぶ酒さけが利きいて、話はなしの途中とちゆうで、折々をりをり舌したの運轉うんてんが惡わるくなつてゐる。澀紙しぶかみのやうな顔かほに、胡痲鹽鬚ごましほひげが中伸ちゆうのびに伸のびてゐる。支那語しなごの通譯つうやくをしてゐた男をとこである。

「度胸どきようだね」と今いま一人ひとりの客きやくが合槌あひづちを打うつた。「鞍山站あんざんてんまで酒さけを運はこんだちやん車ぐるまの主ぬしを縛しばり上あげて、道みちで拾ひろつた針金はりがねを懐ふところに捩ねぢ込こんで、軍用電信ぐんようでんしんを切きつた嫌疑者けんぎしやにして、正直しやうぢきな憲兵けんぺいを騙だまして引ひき渡わたしてしまふなんと云いふ爲組しくみは、外ほかのものには出來できないよ。」かう云いつたのは濃紺のうこんのジヤケツの下したにはでなチヨツキを着きた、色いろの白しろい新聞記者しんぶんきしやである。

 この時とき小綺麗こぎれいな顔かほをした、田舍出いなかでらしい女中ぢよちゆうが、燗かんを附つけた銚子てうしを持もつて來きて、障子しやうじを開あけて出だすと主人しゆじんが女房にようばうに目食めくはせをした。女房にようばうは銚子てうしを忙せはしげに受うけ取とつて、女中ぢよちゆうに「用ようがあればベルを鳴ならすよ、ちりんちりんを鳴ならすよ、あつちへ行いつてお出いで」と云いつて、障子しやうじを締しめた。

 新聞記者しんぶんきしやは詞ことばを續ついだ。「それは好いいが、先生せんせい自分じぶんで鞭むちを持もつて、ひゆあひゆあしよあしよあとかなんとか云いつて、ぬかるみ道みちを前進ぜんしんしようとしたところが、騾馬らばやら、驢馬ろばやら、ちつぽけな牛うしやらが、ちつとも言いふことを聞きかないで、綱つながこんがらかつて、高梁かおりやんの切株きりかぶだらけの畑中はたなかに立往生たちわうじやうをしたのは、滑稽こつけいだつたね。」記者きしやは主人しゆじんの顔かほをじろりと見みた。

 主人しゆじんは苦笑にがわらひをして、酒さけをちびりちびり飮のんでゐる。

 通譯つうやくあがりの男をとこは、何なにか思おもひ出だして舌舐したなめずりをした。「お蔭かげで我々われわれが久ひさし振ぶりに大牢たいらうの味あぢはひに有あり附ついたのだ。酒さけは幾いくらでも飮のませてくれたし、あの時とき位ぐらゐ僕ぼくは愉快ゆくわいだつた事ことは無ないよ。なんにしろ、兵站へいたんはあんまり御馳走ごちそうのあつたことはないからなあ。」

 主人しゆじんは短みじかい笑聲わらひごゑを漏もらした。「君きみは酒さけと肉にくさへあれば滿足まんぞくしてゐるのだから、風流ふうりうだね。」

「無論むろんさ。大杯たいはいの酒さけに大塊たいくわいの肉にくがあれば、能事のうじ畢をはるね。これから叉また遼陽れうやうへ歸かへつて、會社くわいしやのお役人やくにんを遣やらなくてはならない。實じつはそんな事ことはよして南淸なんしんの方はうへ行いきたいのだが、人生じんせい意いの如ごとくならずだ。」

「君きみは無邪氣むじやきだよ。あの鱸馬ろばを貰もらつた時ときの、君きみの喜よろこびやうと云いつたらなかつたね。僕ぼくはさう思おもつたよ。君きみだの、あの騾馬らばを手てに入いれて喜よろこんだ司令官しれいくわんの爺ぢいさんなんぞは、仙人せんにんだと思おもつたよ。己おれは騎兵科きへいくわで、こんな服ふくを着きて徒歩とほをするのはつらかつたが、これがあれば、もうてくてく歩あるきはしなくつても好いいと云いつて、ころころしてゐた司令官しれいくわんも、隨分ずいぶん好人物かうじんぶつだつたね。あれから君きみは驢馬ろばをどうしたね。」記者きしやが通譯つうやくあがりに問とうたのである。

「なに。十里河じふりがまで行いくと、兵站部へいたんぶで取とり上あげられてしまつた。」

 記者きしやは主人しゆじんの顔かほをちよいと見みて、狡猾こうくわつげに笑わらつた。

 主人しゆじんは記者きしやの顔かほを、同おなじやうな目附めつきで見返みかへした。「そこへ行いくと、君きみは罪つみが深ふかい。酒さけと肉にくでは滿足まんぞくしないのだから。」

「うん。大たいした違ちがひはないが、僕ぼくは今一いまひとつの肉にくを要求えうきうする。金かねも惡わるくはないが、その今一いまひとつの肉にくを得うる手段しゆだんに過すぎない。金かねその物ものに興味きようみを持もつてゐる君きみとは違ちがふ。併しかし友達ともだちには、君きみのような人ひとがあるのが好いい。」

 主人しゆじんは持前もちまへの苦笑にがわらひをした。「今一いまひとつの肉にくは好いいが、營口えいこうに來きて醉よつた晩ばんに話はなした、あの事件じけんは凄すごいぜ。」かう云いつて女房にようばうの方はうをちよいと見みた。

 上かみさんは薄うすい脣くちびるの間あひだから、黄きばんだ齒はを出だして微笑ほゝゑんだ。「本當ほんたうに小川をがはさんは、優やさしい顔かほはしてゐても惡黨あくたうだわねえ。」小川をがはと云いふのは記者きしやの名なである

 小川をがはは急所きふしよを突つかれたとでも云いふやうな樣子やうすで、今いままで元氣げんきの好よかつたのに似にず、しよげ返かへつて、饌ぜんの上うへの杯さかづきを手てに取とつたのさへ、てれ隱かくしではないかと思おもはれた。

「あら、それはもう冷ひえてゐるわ。熱あついのになさいよ。」上かみさんは横よこから小川をがはの顔かほを覗のぞくやうにしてかう云いつて、女中ぢよちゆうの置おいて行いつた銚子てうしを取とり上あげた

 小川をがはは冷ひえた酒さけを汁椀しるわんの中なかへ明あけて、上かみさんの注ぐ酒さけを受うけた。

 酒さけを注つぎながら、上かみさんは甘あまつたるい調子てうしで云いつた。「でも營口えいこうで内うちに置おいてゐた、あの子こには、小川をがはさんも愜かなはなかつたわね。」

「名古屋なごやものには小川君をがはくんにも負まけない奴やつがゐるよ。」主人しゆじんが傍そばから口くちを挾はさんだ。

矢張やはり小川をがはの顔かほを横よこから覗のぞくやうにして、上かみさんが云いつた。「なかなか別品べつぴんだつたわねえ。それに肌はだが好よくつて。」

 此時このとき通譯つうやくあがりが突然とつぜん大聲おほごゑをして云いつた。「その凄すごい話はなしと云いふのを、僕ぼくは聞ききたいなあ。」

「よせ」と、小川をがはは鋭するどく通譯つうやくあがりを睨にらんだ。主人しゆじんはどつしりした軆からだで、胡坐あぐらを搔かいて、ちびりちびり酒さけを飮のみながら、小川をがはの表情へうじやうを、睫毛まつげの動うごくのをも見遁みのがさないやうに見みてゐる。その癖くせ顔かほは通譯つうやくあがりの方はうへ向むけてゐて、笑談ぜうだんらしい、輕かるい調子てうしで話はなし出だした。「平山君ひらやまくんはあの話はなしをまだしらないのかい。まあどうせ泊とまると極きめてゐる以上いじやうは、ゆつくり話はなすとしよう。なんでも黑溝臺こくこうだいの戰爭せんさうの濟すんだ跡あとで、奉天ほうてん攻撃こうげきはまだ始はじまらなかつた頃ころだつたさうだ。なんとか窩棚くわほうと云いふ村むらに、小川君をがはくんは宿舍しゆくしやを割わり當あてられてゐたのだ。小ちひさい村むらで、人民じんみんは大抵たいてい避難ひなんしてしまつて、明家あきやの澤山たくさん出來できてゐる所ところなのだね。小川君をがはくんは隣となりの家いへも明家あきやだと思おもつてゐたところが、或ある晩ばん便所べんじよに行いつて用ようを足たしてゐる時とき、その明家あきやの中なかで何なにか物音ものおとがすると云いふのだ。」通譯つうやくあがりは平山ひらやまと云いふ男をとこである。

 小川をがはは迷惑めいわくだが、もうかうなれば爲方しかたがないので、諦念あきらめて話はなさせると云いふ樣子やうすで、上かみさんの注つぐ酒さけを飮のんでゐる。

 主人しゆじんは話はなし續つゞけた。「便所べんじよは例れいの通とほり氷こほつてゐる土つちを少すこしばかり掘ほり上あげて、板いたが渡わたしてあるのだね。そいつに跨またがつて、尻しりの寒さむいのを我慢がまんして、用ようを足たしながら、小川君をがはくんが耳みゝを澄すまして聞きいてゐると、その物音ものおとが色々いろいろに變化へんくわして聞きえる。どうも鼠ねずみやなんぞではないらしい。狗いぬでもないらしい。小川君をがはくんは好奇心かうきしんが起おこつて溜たまらなくなつた。その家いへは表おもてからは開あけひろげたやうになつて見みえてゐる。炕かんの緣ふちにしてある材木ざいもくはどこかへ無なくなつて、築きづき上あげた土つちが暴露ばくろしてゐる。その奥おくは土地とちで磚たんと云いつてゐる煉瓦れんぐわのやうなるのが一いつぱい積つみ上あげてある。どうしても奥おくの壁かべに沿そうて積つみ上あげてあるとしか思おもはれない。小川君をがはくんは物音ものおとの性質せいしつを聞きき定さだめようとすると同時どうじに、その場所ばしよを聞きき定さだめようとして努力どりよくしたさうだ。自分じぶんの跨またがつてゐる坑あなの直前すぐまへは背丈せたけ位ぐらゐの石垣いしがきになつてゐて、隣となりの家いへの横側よこがはがその石垣いしがきと密接みつせつしてゐる。物音ものおとはその一番いちばん奥おくの所ところでしてゐる。表おもてから磚たんの積つんだのが見みえてゐる邊へんである。これ丈だけの事ことを考かんがへて、小川君をがはくんはとうとう探檢たんけんに出掛でかける決心けつしんをしたさうだ。無論むろん便所べんじよに行いくにだつて、毛皮けがはの大おほ外套ぐわいたうを着きた儘まゝで行いく。まくつた尻しりを卸おろしてしまへば、寒さむくはない。丁度ちやうど便所べんじよの坑あなの傍そばに、實みをむしり殘のこした向日葵ひまはりの莖くきを二三本にさんぼん縛しばり寄よせたのを、一本いつぽんの棒ぼうに結むすび附つけてある。その棒ぼうが石垣いしがきに倒たふれ掛かかつてゐる。それに手てを掛かけて、小川君をがはくんは重おもい外套ぐわいたうを着きた儘まゝで、造做ざうさもなく石垣いしがきの上うへに乘のつて、向側むかうがはを見卸みおろしたさうだ。空そらは靑あをく澄すんで、星ほしがきらきらしてゐる。そこら一面いちめんに雪ゆきが積つもつて氷こほつてゐる。夜よるの二時にじ頃ごろでもあらうが、明あかるい事ことは明あかるいのだね。」

 小川をがははつぶやくやうに口くちを挾はさんだ。「人ひとの出でたらめを饒舌しやべつたのを、好よくそんなに覺おぼえてゐるものだ。」「好いいから默だまつて聞きいてゐ給たまへ。石垣いしがきの向側むかうがはは矢張やはり磚たんが積つんであつて降おりるには足場あしばが好いい。降おりて家いへの背後うしろへ廻まはつて見みると、そこは當あたり前まへの壁かべではない。窓まどを締しめて、外そとから磚たんで塞ふさいだものと見みえる。暫しばらくその外そとに立たつて聞きいてゐると、物音ものおとはぢき窓まどの内うちでしてゐる。家いへの構造こうざうから考かんがへて見みると、どうしても炕かんの上うへなのだ。表おもてから見みえる、土つちの暴露ばくろしてゐる炕かんは、鉤かぎなりに曲まがつた炕かんの半分はんぶんで、跡あとの半分はんぶんは積つみ上あげた磚たんで隱かくれてゐるものと思おもはれる。物音ものおとのするのは、どうしてもその跡あとの半分はんぶんの磚たんの上うへなのだ。かうなると、小川君をがはくんはどうも此この窓まどの内うちを見みなくては氣きが濟すまない。そこで磚たんを除のけて、突つき上あげになつてゐる障子しやうじを内うちへ押おせば好いいわけだ。ところがその磚たんがひどくぞんざいに、疎まばらに積つんであつて、十とをばかりも卸おろしてしまへば、窓まどが開あきさうだ。小川君をがはくんは磚たんを卸おろし始はじめた。その時とき物音ものおとがぴつたりと息やんださうだ。」

 小川をがはは諦念あきらめて飮のんでゐる。平山ひらやまは次第しだいに熱心ねつしんに傾聽けいちやうしてゐる。上かみさんは油斷ゆだんなく酒さけを三人さんにんの杯さかづきに注ついで廻まはる。

「小川君をがはくんは磚たんを一ひとつ一ひとつ卸おろしながら考かんがへたと云いふのだね。どうもこれは塞ふさぎ切きりに塞ふさいだものではない。出入口でいりぐちにしてゐるらしい。併しかし中なかに人ひとが這入はいつてゐるとすると、外そとから磚たんが積つんであるのが不思議ふしぎだ。兎とに角かく拳銃けんじゆうが寢床ねどこに置おいてあつたのを、持もつて來くれば好よかつたと思おもつたが、好奇心かうきしんがそれを取とりに歸かへる程ほどの餘裕よゆうを與あたへないし、それを取とりに歸かへつたら、一いつしよにゐる人ひとが目めを醒さますだらうと思おもつて諦念あきらめたさうだ。磚たんは造做ざうさもなく除のけてしまつた。窓まどへ手てを掛かけて押おすとなんの抗抵かうていもなく開あく。その時ときがさがさと云いふ音おとがしたさうだ。小川君をがはくんがそつと中なかを覗のぞいて見みると、粟稈あはがらが一いつぱいに散ちらばつてゐる。それが窓まどに障さはつて、がさがさ云いつたのだね。それは好いいが、そこらに甑かめのやうな物ものやら、籠かごのやうな物ものやら置おいてあつて、その奥おくに粟稈あはがらに半分はんぶん埋うまつて、人ひとがゐる。慥たしかに人ひとだ。土人どじんの着きる淺葱色あさぎいろの外套ぐわいたうのやうな服ふくで、裾すその所ところがひつくり返かへつてゐるのを見みると、羊ひつじの毛皮けがはが裏うらに附つけてある。窓まどの方はうへ背中せなかを向むけて頭あたまを粟稈あはがらに埋うめるやうにしてゐるが、その背中せなかはぶるぶる慄ふるえママてゐると云いふのだね。」

 小川をがはは杯さかづきを取とり上あげたり、置おいたりして不安ふあんらしい樣子やうすをしてゐる。平山ひらやまはますます熱心ねつしんに聞きいてゐる。

 主人しゆじんはわざと間まを置おいて、二人ふたりを等分とうぶんに見みて話はなし續つゞけた。「ところがその人間にんげんの頭あたまが瓣子べんつうでない。女をんななのだ。それが分わかつた時とき、小川君をがはくんはそれ迄まで交まじつてゐた危險きけんと云いふ念ねんが全まつたく無なくなつて、好奇心かうきしんが純粹じゆんすゐの好奇心かうきしんになつたさうだ。これはさもありさうな事ことだね。儞にいと聲こゑに力ちからを入いれて呼よんで見みたが、只ただ慄ふるえママてゐるばかりだ。

小川君をがはくんは磚たんの上うへへ飛び上あがつた。女をんなの肩かたに手てを掛かけて、引ひき起おこして、窓まどの方はうへ向むけて見みると、まだ二十はたちにならない位くらゐな、すばらしい別品べつぴんだつたと云いふのだ。」

 主人しゆじんは叉また間まを置おいて二人ふたりを見較みくらべた。そしてゆつくり酒さけを一杯いつぱい飮のんだ。「これから先さきは端折はしよつて話はなすよ。これまでのやうな珍めずらしい話はなしとは違ちがつて、いつ誰だれがどこで遣やつても同おなじ事ことだからね。一體いつたい支那人しなじんはいざとなると、覺悟かくごが好いい。首くびを斬きられる時ときなぞも、尋常じんじやうに斬きられる。女をんなは尋常じんじやうに服從ふくじゆうしたさうだ。無論むろん小川君をがはくんの好嫖致はおびやおちな所ところも、女をんなの諦念あきらを容易よういならしめたには相違さうゐないさ。そこで女をんなの服從ふくじゆうしたのは好いいが、小川君をがはくんは自分じぶんの顔かほを見覺みおぼえられたのがこはくなつたのだね。」ここまで話はなして、主人しゆじんは小川をがはの顔かほをちよつと見みた。赤あかかつた顔かほが蒼あをくなつてゐる。

「もうよし給たまへ」と云いつた小川をがはの聲こゑは、小ちひさく、異樣いやうに空洞うつろに響ひびいた。

「うん。よすよよすよ。もうおしまひになつたぢやないか。なんでもその女をんなには折々をりをり土人どじんが食物しよくもつをこつそり窓まどから運はこんでゐたのだ。女をんなはそれを夜よなかに食くつたり、甑かめの中なかへ便べんを足たしたりすることになつてゐたのを、小川君をがはくんが聞きき附つけたのだね。顔かほが綺麗きれいだから、兵隊へいたいに見みせまいと思おもつて、隱かくして置おいたのだらう。羊ひつじの毛皮けがはを二枚にまい着きてゐたさうだが、それで粟稈あはがらの中なかに潛もぐつてゐたにしても、炕かんは焚たかれないから、隨分ずいぶん寒さむかつただらうね。支那人しなじんは辛抱しんぼう強づよいことは無類むるゐだよ。兎とに角かくその女をんなはそれ切きり粟稈あわがらの中なかから起おきずにしまつたさうだ。」主人しゆじんは最後さいごの一句いつくを、特別とくべつにゆつくり言いつた。

 違棚ちがひだなの上うへでしつつこい金きんの装飾さうしよくをした置時計おきどけいがちいんと一ひとつ鳴なつた。

「もう一時いちじだ。寢ねようかな。」かう云いつたのは、平山ひらやまであつた。

 主客しゆかくは暫しばらくぐずぐずしてゐたが、それからはどうした事ことか、話はなしが榮はえない。とうとう一同いちどう寢ねると云いふことになつて、客きやくを二階にかいへ案内あんないさせるために、上かみさんが女中ぢよちゆうを呼よんだ。

 一同いちどうが立たち上あがる時とき、小川をがはの足元あしもとは大だいぶ怪あやしかつた。

 主人しゆじんが小川をがはに言いつた。「さつきの話はなしは舊暦きうれきの除夜ぢよやだつたと君きみは云いつたから、丁度ちやうど今日けふが七囘忌しちくわいきだ。」

 小川をがはは默だまつて主人しゆじんの顔かほを見みた。そして女中ぢよちゆうの跡あとに附ついて、平山ひらやまと並ならんで梯子はしごを登つた。

 二階にかいは西洋せいやうまがひの構造こうざうになつてゐて、小ちひさい部屋へやが幾いくつも並ならんでゐる。大勢おほぜいの客きやくを留とめる計畫けいくわくをして建たてた家いへと見みえる。廊下らうかには暗くらい電燈でんとうが附ついてゐる。女中ぢよちゆうが平山ひらやまに、「あなたはこちらで」と一ひとつの戸とを指ゆびさした。

 戸との撮つまみに手てを掛かけて、「さやうなら」と云いつた平山ひらやまの聲こゑが小川をがはにはひどく不愛相ぶあいさうに聞きこえた。

 女中ぢよちゆうはずんずん先さきへ立たつて行いく。

「まだ先さきかい」と小川をがはが云いつた。

「ええ。あちらの方はうに煖爐だんろが焚たいてございます。」かう云いつて、女中ぢよちゆうは廊下らうかの行ゆき留どまりの戸とまで連つれて行いつた。

 小川をがはは戸とを開あけて這入はいつた。瓦斯ガス煖爐だんろが焚たいて、電燈でんとうが附つけてある。本當ほんたうの西洋間せいやうまではない。小川をがはは國くにで這入はいつてゐた中學ちゆうがくの寄宿舍きしゆくしやのやうだと思おもつた。壁かべに沿そうて棚たなを吊つつたやうに寢床ねどこが出來できてゐる。その下したは押入おしいれになつてゐる。煖爐だんろがあるのに、枕元まくらもとに眞鍮しんちゆうの火鉢ひばちを置おいて、湯沸ゆわかしが掛かけてある。その傍そばに九谷燒くたにやきの煎茶道具せんちやだうぐが置おいてある。小川をがはは吭のどが乾かわくので、急須きふすに一いつぱい湯ゆをさして、茶ちやは出でても出でなくても好いいと思おもつて、直すぐに茶碗ちやわんに注ついで、一口ひとくちにぐつと呑のんだ。そして着きてゐたジヤケツも脱ぬがずに、行いきなり布團ふとんの中なかに這入はいつた。

 横よこになつてから、頭あたまの心しんが痛いたむのに氣きが附ついた。「ああ、酒さけが變へんに利きいた。誰だれだつたか、丸まるく醉よはないで三角さんかくに醉よふと云いつたが、己おれは三角さんかくに醉よつたやうだ。それに深淵ふかぶち奴めがあんな話はなしをしやがるものだから、不愉快ふゆかいになつてしまつた。あいつ奴め、妙めうな客間きやくまを拵こしらへやがつたなあ。あいつの事ことだから、賭場とばでも始はじめるのぢやあるまいか。畜生ちくしやう。布團ふとんは軟やはらかで好いいが、厭いやな寢床ねどこだなあ。炕かんのやうだ。さうだ。丸で炕かんだ。ああ。厭いやだ。」こんな事ことを思おもつてゐるうちに、醉ゑひと疲つかれとが次第しだいに意識いしきを昏くらましてしまつた。

 小川をがははふいと目めを醒さました。電燈でんとうが消えてゐる。併しかし部屋へやの中なかは薄明うすあかりがさしてゐる。窓まどからさしてゐるかと思おもつて、窓まどを見みれば、窓まどは眞まつ暗くらだ。「瓦斯ガス煖爐だんろの明あかりかな」と思おもつて見みると、なる程ほど、礬土はんどの管くだが五本ごほん並ならんで、下したの端はしだけ樺色かばいろに燃もえてゐる。併しかしその火ひの光ひかりは煖爐だんろの前まへの半疊敷はんでふじき程ほどの床とこを黄きいろに照らしてゐるだけである。それと室内しつないの靑白あおじろいやうな薄明うすあかりとは違ちがふらしい。小川をがはは兎とに角かく電燈でんとうを附つけようと思おもつて、體からだを半分はんぶん起おこした。その時とき正面しやうめんの壁かべに意外いぐわいな物ものがはつきり見みえた。それはこはい物ものでもなんでもないが、それが見みえると同時どうじに、小川をがはは全身ぜんしんに水みずを浴あびせられたやうに、ぞつとした。見みえたのは紅唐紙べにたうしで、それに「立春大吉」と書かいてある。その吉きちの字じが半分はんぶん裂さけて、ぶらりと下さがつてゐる。それを見みてからは、小川をがはは暗示あんじを受うけたやうに目めをその壁かべから放はなすことが出來できない。「や。あの裂さけた紅唐紙べにたうしの切きれのぶら下さがつてゐる下したは、一面いちめんの粟稈あはがらだ。その上うへに長ながい髪かみをうねらせて、淺葱色あさぎいろの着物きものの前まへが開ひらいて、鼠色ねずみいろによごれた肌着はだぎが皺しわくちやになつて、あいつが仰向あふむけに寢ねてゐやがる。顋あごだけ見みえて顔かほは見みえない。どうかして顔かほが見みたいものだ。あ。下脣したくちびるが見みえる。右みぎの口角こうかくから血ちが絲いとのやうに一筋ひとすじ流ながれてゐる。」

 小川をがははきやつと聲こゑを立たてて、半分はんぶん起おこした體からだを背後うしろへ倒たふした。

 翌朝よくあさ深淵ふかぶちの家いへへは醫者いしやが來きたり、警部けいぶや巡査じゆんさが來きたりして、非常ひじやうに雜遝ざつたふした。夕方ゆふがたになつて、布團ふとんを被かぶせた吊臺つりだいが舁かき出だされた。

 近所きんじよの人ひとがどうしたのだらうと咡さゝやき合あつたが、吊臺つりだいの中なかの人ひとは誰だれだか分わからなかつた。「いづれ號外がうぐわいが出でませう」などと云いふものもあつたが、號外がうぐわいは出でなかつた。

 その次つぎの日ひの新聞しんぶんを、近所きんじよの人ひとは待まち兼かねて見みた。記事きじは同おなじ文章ぶんしやうで諸新聞しよしんぶんに出でてゐた。多分たぶんどの通信社つうしんしやかの手てで廻まはしたのだらう。併しかし平凡へいぼん極きはまる記事きじなので、讀よんで失望しつばうしないものはなかつた。

「小石川区こいしかはく小日向臺町こびなただいまち何丁目なんちやうめ何番地なんばんちに新築しんちく落成らくせいして横濱市よこはましより引ひき移うつりし株式業かぶしきげふ深淵ふかぶち某氏宅ぼうしたくにては、二月にぐわつ十七日じふしちにちの晩ばんに新宅祝しんたくいはひとして、友人いうじんを招まねき、宴會えんくわいを催もよほし、深更しんかうに及およびした爲{た}め、一二名いちにめい宿泊しゆくはくすることとなりたるに、其一名そのいちめいにて主人しゆじんの親友しんゆうなる、芝区しばく南佐久間町みなみさくまちやう何丁目なんちやうめ何番地なんばんち住ぢゆう何新聞記者なにしんぶんきしや小川をがは某氏ぼうし其夜そのよ腦溢血症なういつけつしやうにて死亡しばうせりと云いふ。新宅祝しんたくいはひの宴會えんくわいに死亡者しばうしやを出いだしたるは、深淵氏ふかぶちしの爲ため、氣きの毒どくなりしと、近所きんじよにて噂うはさし合あへり。」

文京区立森鷗外記念館