銀座

摘草や離ればなれに空仰ぐ

 

黄梅の花を漉き込む男かな

 

立春の頭剃り合ふ僧都かな

 

梅の風吸ふ心体のいとほしく

 

春雪を被ぎて歩む雀かな

 

かの子忌や昨日の雪の流れゆく

 

うつくしく身のはがれゆく蒸鰈

 

蜆汁海の濃青を吸ひ上ぐる 

 

芽木渡る谷の雀は谷を出ず 

 

薄氷を割りて面舵一杯に

 

恋をしに猫が来てゐし回向院

 

ポップコーン春の嵐の落し物

 

桜蝦氷の衣をまとひ来ぬ

 

老漁夫の網担ぎ行く足の跡

 

茶碗一つ割つて終りし四月かな

 

津山はや石の三鬼に草萌ゆる  

 

誓子逝く甲子園より春の声   平成六年三月二十六日 

 

春恨や大根の花食みをれば

 

初花やがうがうと水揚げてをり  祝浅見まさし ろんど賞新人賞

 

桜散ることに砂場の中に濃く

 

門前に老の商ふ蛤買ふ

 

春北風のほか何もなし子規眠る

 

すつぽりと額を隠す藁帽子  芥川龍之介遺影

 

桃の花老が一人の木工所

 

春のセーター些か肌の透けるなり

 

ムール貝一つは口を開かざる

 

雁風呂をもらふ拾ひし雁木提げ

 

烏鳴くゆつくり土筆煮つめませう

 

シャボン玉本の上にて割れにけり

 

家中を灯して会す菜種梅雨

 

燕の子一羽の声の巣に残り

 

髯青き男となれり鯉幟

 

一束の菖蒲を泛かべ夫湯浴

 

遠き星近くにも星義経忌

 

夏来たるスニーカーから滴して

 

水平に跳びつくゴールキーパーの汗

 

水底の雲も陸奥五月雨るる

 

五位の群塒の山を対岸に

 

カナー等のひらりと櫂を逆手にす

 

薄暑なる室にこもりて飽かざりし

 

新宿の八百屋で買ひぬ花山葵

 

驟雨来てシャツの釦を外しけり

 

狗犬のふぐり涼しき不動尊

 

一朝に目覚めしごとく十字花

 

水遊び臍の下には可愛ゆきもの

 

開かんと萼の尖りし鉄線花

 

雲中を歩む一日田植人

 

宇宙酔覚めて目高と泳ぐかな  向井千秋氏

 

梅雨雲の日矢は雄島を射しにけり

 

柳津の山ふところに草を干す

 

干草を並べし端で飯を食ふ

 

五位鷺の鳴かず飛び交ふ飯野川

 

干草のトラックが行く迫川

 

六月や母の真珠を帯びてをり

 

五月雨るる地上も地下も銀座かな

 

湿度七十月下美人の蕾動く

 

沙羅の花こぼれつぐ日のガンダーラ

 

そのかみのわれも撫子友もなでしこ  「子ども先生終戦記」上梓

 

夕菅の径の曲りに師の立つや  多田裕計忌 七月八日 年々四句 

 

このごろやお声しきりに紙魚走る

 

やがてまたお声を聞かん合歓の花

 

瑠璃貝の上がりし浜の裕計忌

 

指先に残る鮎の香切符買ふ

 

薫風の海より吹けり子どもらに  石巻市立門脇小学校百二十周年一句   

 

甲板に裾ひるがえしレース編む

 

激流を折返すカナーわが子なる  多摩川上流スラローム

 

掘り出したワープロですと暑中見舞  阪神大震災お邸再建の人

 

空と水ひとつに灯心蜻蛉生る

 

肘ついて円テーブルに秋と書く

 

秋の蚊に吸はせて本を読む腕

 

猿のごと枝豆を食む子らだつた

 

吾亦紅眠れぬ夜は針を持つ

 

大空を切取りし花桔梗は

 

犬がゐて人々がゐて落し水

 

静かなる雲の流れや墓洗ふ  母五十回忌

 

秋雨に出合ひし息子と二三言

 

駈け出して柿の葉ずしを買ひにけり

 

弁当の蒟蒻うまし秋の蓮

 

白炎をあげて秋蚕は繭に入る

 

雀去り猫来る障子洗ひかな

 

区画整理鮨屋が消えて残る蠅  豊島区千早・要町四句

 

住捨てし裏の戸口の秋簾

 

呉服屋の跡地と思ふ草紅葉

 

あけぼのの風晩菊の茎に生れ

 

横たへて葡萄一粒づつ吸ひぬ

 

せつせつと畳拭くなり八月尽

 

菊花展詰所にそばの出前かな

 

地下道に矢印多し秋の暮

 

忌の八月六日九日十五日

 

芝大門このしろ寿司を食はんかな

 

満月や湯を吐く百獣の王とゐて

 

長き夜の始まり箸を置きしとき

 

鰯雲その名めでたき兵六玉  長男開店

 

夕蜩天にバッハのゐるごとし

 

赤錆びし引込線も蓼の秋

 

やや寒の一枚羽織る厨事

 

地形図の上に降りしや釧路秋

 

牛が食み馬が食むなり草紅葉

 

星月夜闇に牛舎の灯をこぼす

 

雁渡し狩勝峠闇の闇

 

石狩鍋といふといへども食細し

 

北海に胸を開きて烏賊干さる

 

しぐるるや島のポストは坂道に

 

毎朝よ枕にひろふ木の葉髪

 

冬立つや夫静かに靴を履く 

 

本郷の空美しや一葉忌

 

豪州の春へ飛び立つ神無月  次男出立

 

より薄く小さきを選り日記買ふ

 

年忘れ杯を重ねる鬼子母神  水の会忘年会

 

音立てぬ夫と妻の四日かな

 

焼鳥を木場の人らに混り食ふ

 

「ダンス・ダンス・ダンス」に明けておめでたう

 

木枯の華やぎ通る能舞台  喜多流森舞台 渡米 

 

枯芦の沖流し行く漁り舟  雁の絨毯十五句 ―伊豆沼旅営地― 

 

芦刈や束十尺を横たへる

 

冠雪の栗駒夕映雲に溶け

 

鴨の声模糊々々として放れざる

 

蒲の穂の綿毛噴き出る寒さかな

 

冬没日沼しばらくは水明り

 

雁の陣見え鴨立ち騒ぐなり

 

寝に戻る雁待つ芦の間に凍みぬ

 

とよもして雁の絨毯頭上過ぐ

 

かりがねの声真黒に暮れにけり

 

鳥眠り群山おほふ水烟り

 

雁一斉水より翔てり午前五時

 

東雲の焼けつく水を雁翔てり

 

空がうごく雁が飛び立つ日の始め

 

毛衣の少年かはゆき北訛

 

焼絵羽子板まだ見ぬ孫に買へり

 

羽子板を買つて天丼食べに行こう

 

二月堂机に湯呑冷えゆけり

 

海老の尻尾噛みて音する年の暮

 

扇子屋の手持無沙汰や年の市

 

数へ日や浅草晴れし石畳

 

昼時雨鯉の生簀のなまぐさし

 

お竃さん守る襟巻まき直し

 

西東壁打ち壊す声冴ゆる  ブランデングルグ門 

 

そは母か風か戸が鳴る今年かな  元旦に死す

 

冬座敷人集まりて微笑めり  水月例句会第一回 H6・1・7

 

人日の体重計が狂つてゐる

 

少年の読みては笑ふ初御くじ

 

三寒の雲の汀に昼の月

 

富士山の殺げしドームに垂氷かな

 

富士山を放れ湾に向ひし鷲一羽

 

遥かより水湧き来たる富士の冷

 

室の花一日永く短くて

 

手袋を外して陶の匙を買ふ

 

大寒の烏連れ行く六義園

 

のぼさんを尋ねて深き雪の朝  根岸子規庵

 

乙女子の頬ふくよかに福は内