矍鑠(かくしやく)

苗床の残りの松に初日ざし  新年

 

若潮を汲むに一火を焚くいはほ

 

初東風はつこちや尻逆立てて鴨餌ばむ

 

ぐに女人かもしし球磨くまの酒

 

上々の燗に骨頂年の酒

 

読初をきふるさとの地図拡ぐ

 

繭玉は垂れひれ酒のひれは立ち

 

早鞆を落す操舵を初湯より

 

立春の新造船を吊りおろす  

 

矍鑠かくしやくの字に虫眼鏡春立てり

 

鈿女命うずめのみこと目借時なる目もて舞ふ

 

野師やしの妻茶髪ちやぱつと雨に春惜む

 

白子干す湯気をさらひてねはん西風にし

 

一燈のマスト難航黄砂降る

 

黄砂降る破船は金具みな剥がれ

 

青き踏む敷干す網のあひもゆき

 

桜狩土佐犬は舌地に垂らし

 

桜狩機織る音も聴きに寄る

 

日に透かし笊を選べり春祭

 

竹笛をならべて売れず春祭

 

廃墟炭田地下や観音御開帳

 

大薬鑵ならべ甘茶の番置かず

 

海猫来たる河心県境海へ入る

 

粢餅しとぎもち搗くに巣藁を曳いてとぶ

 

はしゑさはなさず蹴合ふ親雀

 

鳥雲に膏薬ぬくき土踏まず

 

渾身に跳びつぐひかり鮎上る

 

染工房をみなばかりの花明り

 

花満地浴女の絵ありルノアール

 

石敷の流れうすきに花筏

噴水にさくら散りこむ日を船出

 

琴つくる桐の削り香夏至の雨  

 

暦日や夏至の翠微に硯彫る

 

涙ぐむもおらぶも灼けて石羅漢

 

大南風おほはえや寄木ゆるみて立つ神馬

 

岬をゆすり南風はえ川尻を押しあぐる

 

発言はせじと炎天ただ出席

 

大旱を笑ひ転勤発ちにけり

 

夏山や遷化せんげ土葬をきゆけり

 

夏潮の満ち干はげしや一世閉づ

 

瀧を背の父ははを撮るふととも

 

笊に梅枯泉水かれせんすゐの底に干す

 

空が呼ぶ耶馬の雨霧洗ひ鯉

 

扇の字指なぞり読み仲の

 

われの座と団扇に念珠置かれあり

 

日焼なく夜漁もはらに美青年

 

週休の舟の日除ひよけに鷺下りる

 

端午ぐ蔵元継ぎし初しぼり

 

舵棒を締めあげて山車だし固まりぬ

 

ときあがりいつ気に神輿肩に乗る

 

祭足袋諭吉旧居に近く干す

 

打水に尿を報いておしの蝉

 

すし詰を吐く豊漁の鰻筒

 

門柱に牡丹をあげて渡御とぎよのみち

 

秋の風鈴鳴るをしまひて旅に出づ  

 

航終るつるべ落しに水脈みをを消し

 

秋晴や橋の左右はへんろみち

 

使ひみちなき紐つなぐ秋の風

 

野分吹く樹下玄室に壁画みる

 

夜霧に灯明日へ渡船の洗はるる

 

窯場みて新酒へ回る案なりし

 

耳描かず耶馬の瀬鳴りに立つ案山子かかし

 

羅漢寺へ雀とびこむおどし銃

 

豊年の採れたてとあり粟おこし

 

わたる日のこぼししは蝶崩れつき

 

をろがむは出湯に見し顔秋へんろ

 

絶壁に影立つ墓を洗ひをり

 

黒き腕貫に掃苔ひとりせり

 

船下りる乗るにも鹿に見詰められ

 

修学旅行目に追ひ乳を飲ます鹿

 

お旅所のありて四五戸やししを狩る

 

かりがねや護符に縁起の松落葉

 

秋の蝶越ゆれば影も礎石越ゆ

 

したたりへのびし梢の法師蝉

 

白ひと茎和上墓域の彼岸花

 

火渡りの火に厳島いつくしま黄落期

 

日いゆく西へ風癖銀杏散る

 

冬日はじく燈台の錠ステンレス  

 

古墳丘しぐれのひまをしし歩く

 

発掘の手にせしものに雪のとぶ

 

雪のとぶ発掘にへら音もなし

 

山眠りたんぽぽいとを離しけり

 

園枯れて陶榻たうたふの白すぎるなり

 

船外機濡れ拭きとつて注連しめ飾る

 

裏返しみては裏白えらみ刈る

 

絵巻めく几帳ぬちなる牡丹鍋

 

鴨猟の解ける日と記し旅誘ふ

 

神官を乗せ鰤敷へ船奔る

 

水軍の島を固めの牡蠣筏

 

牡蠣船の畳廊下のに至る

 

牡蠣船に酌み大土佐へ夜を戻る

 

描きくれし絵のわが顔も年の豆

 

聖夜見きコンテ自画像使徒の顔

 

素描展暮るる聖夜へ灯を消しぬ

 

かやに指切りし血を舐め笹子聴く

 

波音のひまの笹鳴き夕まぐれ

 

笹鳴きや束子たはし吊して洩る蛇口

 

波裏が表となりて鴨のゐる

 

私語やめよ耳に観るべし寒牡丹

 

大冬木走り根に添ひ触れにゆく