初心

暖房車海潮の縞うつうつと

 

寒月光末広がりに涛散華なみさんげ

 

妻と子の歌は厨に花木槿はなむくげ

 

青麦や女こめかみまであをし

 

ビイ玉を透かし見る子へ夕焼ける

 

冬鷺の倒ると見しはつなり

 

霧の夜の掌中に火をはぐくめり

 

寒灯へ倒れてゆかないしだたみ

 

はは上の小さき肩よ雁渡し

 

川に鳴るチャイム五月の聖坂ひじりざか

 

 昭和38年7月27日夕、父63歳にて死す

にらの花青泛(う)く父を死なしめて

 

 上ノ山、木村祐助は父子相伝の木地師也

茂吉忌や木地師木村のこけし買ふ

 

雪にゆ軒並みくらき城下町

 

冴返るもののひとつや豆腐笛

 

狐舎こしやの裏野蒜のびるの花の珠芽なす

 

藍色のひきいでてこよ草苺

 

あす我鬼忌父の忌の田端すぎにけり

 

冷やかに茜流しの烏川

 

木階に侍す弥撒ミサの童よ蓑虫よ

 

くくり桑空がらあきに明けにけり

 

たんぽぽや岬端さきはた寸土あますなし  石廊崎灯台

 

かぞさはす茣蓙一枚の女の座

 

鶯やかひ漉屋すきやの煙出し

 

氷室ひむろの前十月の水ひびきけり

 

浅間けさあかき霧噴くほととぎす

 

囮鮭おとりざけ雄鮭かなを誘ふはかなしきか

 

鮭不漁うすむらさきの時雨来ぬ

 

紅梅の上や斑雪はだれの大菩薩

 

ささささと樅の雪なり赤彦忌

 

斑雪浅間はだれあさまむらさき淡く暁けにけり

 

浴佛や花のひとひら浮かしめて

 

蕎麦を待つ木の芽の雨の深大寺

 

えごの花青泛(う)く雨となりにけり

 

夜の出水でみづ人語は闇に濃かりけり

 

 昭和41年8月31日母死す、67歳

母を焼く間のいかづち胸の中

 

露の樹下落ちし林檎はそのままに

 

太箸や十年添ひて妻若し

 

甲斐駒に雲立ち桑の解かれけり

 

雷雨過らいうくわ合歓ねむみづみづし碓氷川

 

つを懐手なる傍観者

 

寒天小僧てんこぞう畦直走あぜひたはしる雪舞ふも

 

寒天小僧その白息の燃ゆるかな

 

午笛のゆるびて長し寒天部落てんぶらく

 

めんこ打つ小童こわつぱどちよもづの寺  高田専修寺

 

括り桑透けて野墓の見えにけり

 

鱒守ますもりはなひり過ぎぬ吾も去りぬ

 

寒天場小屋てんばごやしんと閉ざしてはん咲けり

 

花白樺いづかたも桑解かれけり

 

初秋の風ゆ青き葛峠

 

大山だいせんに雪来て稲を刈り急ぐ  鳥取帰省

高稲架たかはざ湖襖うみぶすまなす湖尻村

 

寒紅もオペラグラスも明治かな

 

山国や夕かはほりの雪解空ゆきげそら

 

春蝉やつまづき登るほかなしか  野麦峠

 

足弱のいくたびえし汗の頂上つじ

 

残雪の風のきらめく笹峠

 

釣鐘草野麦街道ひたに帰る

 

俤堂おもかげどう背戸よりのぞく露の犬  柏原一茶旧居

 

土堤下に田水沸くなり典厩寺てんきゆうじ  川中島

 

白露やけふ素逝忌そせいきとふと思ふ

 

老人の日の老人まじり釣堀屋

 

刈深田はがねの如し時雨ゆく  祖母逝く

 

下萌やはじけば弾むはじき猿  柴又帝釈天

 

にはたづみ花吹き溜めてゐたりけり

 

紫雲英田げんげだを天地返しに川辺村  渡良瀬遊水池

 

野焼址雷電塚を焦しをり

 

ははと見し鬼灯市ほほづきいちの雑踏裡

 

一つ摘むアララギの實や波郷忌来る

 

より掌に熟柿の冷えを賜はりし

 

初富士の江ノ電の上にありにけり

 

うらうらと滑川なめりかわあり寒椿

 

うららかに田尻の芹のひとところ

 

君病むと桐の花咲きはるかなり

 

死に至る病に病める松の花

 

病葉わくらばのしんしんと降る君逝けり

 

盆の婆日盛り泳ぐごとゆけり

 

下闇や太息いれて歩み出づ

 

一枚の田一羽の鷺と枯れゐたり

 

綿虫や三国港の雪の暮れ

 

蟹を売る声ゆく雪の町昏(く)れて

 

風花かざはなや山のむかうはははのくに

 

埴土はにつちの山うるみけり菜種梅雨

 

からたちの花の細道海に出づ  那智、浜の王子

 

花大根汐入川の洲崎見ゆ

 

鉄線を庭に咲かせて大経師だいきやうじ  大宝城址

 

菖蒲田の田尻は沼につづきけり

 

父の日のむなしきことを胸の奥

 

夕闇の苧殻おがら焚くかほうかびけり

 

川上る船の汽笛の夕時雨

 

柿の渋口に残りし時雨かな

 

池のを走る羽毛や波郷忌来る

 

風呂吹きやひとりの胸の中のはは

 

スバル寒し星の入東風いりこち吹きどよむ

 

原爆手帳保持者がかんの日溜に  長崎

 

厚着して夜神楽の客つどひけり  高千穂

 

神楽太鼓神々の出のしはぶけり

 

祖母山颪いぼさんおろし棒のごとくに村凍てぬ

 

うららかに師の墓眠る椚山くぬぎやま

 

紅梅の一枝を笊に達磨市

 

河鹿鳴き競ふそこここ石の上

 

鰡のぼる夕風川に立ちにけり

 

ひとひらの花葛流る最上川

 

涼しさをふところにして月の山

 

秋霖や爪木ノ鼻をゆく小舟

 

かの森はかのもづの領高鳴ける

 

夢道むだう逝く夜の秋雨のわたるころ

 

辛櫃からうとの音の涼しさ納骨す

 

ははの骨かいなにかろし葉鶏頭

 

白磁の壷白露はくろの土にかへしけり

 

川寒し市の朝日へ女身透く  飛騨高山

 

暗き格子くらき干菜に飛騨ずまひ

 

木守柿観山楼を染めてけり

 

 秦 恒平著『墨牡丹』を読む

読初よみぞめの華岳の伝記墨牡丹

 

去年の風邪今年にこしぬしょんがいな

 

蘆刈りや巴波川波うづまがわなみささくれて

 

刈伏せの蘆弓なりにつるかな

 

なんじゃもんじゃの木の芽たしかに達磨市  深大寺

 

櫻ほのと真夜まよの白河すぎにけり

 

雪代ゆきしろへ鼠捨てむと童ゆく

 

休日の素振り男やきんぽうげ

 

蛇よぎり白日の道のこりけり

 

 都知事より表彰受く

でで虫や税吏かせ負ふことながし

 

朝曇る日や高咲きの小昼顔

 

かなかなや北病棟の一ベッド  妻入院

 

影法師ひとりをたのみ秋立てり

 

木槿垣見舞ふ道筋きまりけり

 

脳天に蝉鳴くヨハネ聖病院

 

妻病めり芋煮て父子おやこ敗戦忌

 

うかうかと妻病むままに夏逝けり

 

 瀧井孝作先生を訪ふ

老師ひそとおはす障子や鳥影す

 

反魂丹はんごんたん賣来し町の時雨けり

 

山冷や鐘釣駅に酒買ふも  黒部峡

 

鷺一羽のこる枯洲かれす射水川いづみがわ

 

魚板ぎよばん打てば鵙一粲いつさんす深山谷

 

秋の風韋駄天諷経流しけり

 

雲水の後姿の寒さかな

 

木枯や路通ろつうが一句夕暮れて

 

立冬や桔梗色きちかういろの奈良の空

 

常陰とこかげのこる雪や浄瑠璃寺

 

九体佛われは下品げぼん懐手ふところて

 

雪の上に佛の視座や三十三才みそさざい

 

石焼芋横笛堂を曲がりけり

 

山焼く火寒月くらくゆがみけり

 

宝蔵にかん沓音くつおと鳴らしけり  法隆寺

 

天寿曼荼羅尼の小膝に冬日差

 

竹寒く律師の壇をぬすみ見し

 

侘助や白一輪を主人床

 

石州の菜めしまたよき初茶かな

 

日短し小走り鵙に日暮れけり

 

冬枯野おほきいしずゑのこりけり