天国に転居なさってから一年以上たちますが、お元気でお過ごしでしょうか? 先日、映画 『ディフェンスレス/密会』 でサム・シェパード様の生前のお姿を拝見しました。懐かしさを抑えきれず、日本から突然お手紙を差し上げる失礼をお許しください。20世紀アメリカ演劇の旗手と騒がれ、人気映画俳優でもあったサム・シェパードの73歳での早世を嘆くファンの声は天国まで届いているでしょうか?
劇作家として『埋められた子供』(1979年)ではピューリツァー賞を受賞なさった貴殿は、演劇界の輝く星でした。創作の才能のみならず、端正な容姿にも恵まれた貴殿のまわりは、常にファンでいっぱいでした。日本の大学の教室でも、貴殿の戯曲の映画化『フール・フォー・ラブ』鑑賞の際、「この方が作者で主演男優です」と貴殿の顔写真を見せると、ぼんやりしていた女子学生が「ぜったい見る!」と目の色を変えました。またNYのオフ・オフ・ブロードウェイで貴殿の戯曲の初日終了後、「この劇、よくわかんないところあったわね」という若い女性の声に、客席後方の暗がりから「ほう、そうか! それはよかった!」とつぶやく声が聞こえ、振り返ると貴殿だったという話も聞いております。友人の女性は、「うらやましい! 私も一生に一度でいいから、サムにそんなこと言われてみたい」と申しておりました。
貴殿の戯曲について、私も『アメリカン・リビドー・シアター』の中で、「埋められた子供」(Buried Child)、「フール・フォア・ラブ」(Fool for Love)、「心の嘘」(A Lie of the Mind)を論じています。シェパード様の劇は、アメリカの物質主義への鋭い警告がダーク・ユーモアに包まれています。貴殿の戯曲に登場する男たちは、汗臭く、マッチョで誇り高いカウボーイの生き残りですが、現代アメリカではもはや存続できないことを貴殿は憂えておられます。
役者としての貴殿の冴えも印象深いです。貴殿は、映画「ライトスタッフ」でアカデミー助演男優賞にノミネートされました。貴殿が刑事役を演じた『ディフェンスレス/密会』 も素敵です。スーツが似合い、鋭い眼光、シャープで明晰な頭脳を備え、寡黙だが思慮深く、勇敢で行動力を誇るブーテル警部役は、はまり役です。土臭いカウボーイ・スタイルを好んだ貴殿のモダンで洗練された別の一面を見せられて、貴殿に再度魅せられました。現代アメリカにシャーロック・ホームズが再臨したのかと目を疑いました。肉体はこの世になくても、劇作家として、映画俳優としてのサム・シェパードは不滅だと実感しました。
サム・シェパード様のお名前は世界的に有名ですが、日本ペンクラブの方々にもこの手紙の電子文藝館公開をもって広げたく存じます。 貴殿の天国でのますますのご活躍とご多幸を心からお祈り申し上げます。