小説と映画に見る人間の存在

 現地から実況される世界のTVニュースやSNSのリアルな情報は、ウクライナ戦争、ガザ地区紛争、難民引き受け国、長距離弾道ミサイルやドローン爆撃、人権問題、気候変動による災害の報道である。小説や映画で語られてきたメッセージから学べることは多いので、紛争や戦闘を終結して自由で平和の解決策を何か見いだせないだろうか。

 昨年、日本原水爆被害者団体協議会に授与されたノーベル平和賞は核廃絶を願う相応しい賞だ。史上初の原爆映画 『始めか終りか』(The Beginning or the End, 1947)に関する1950年公開当時の日米双方の事情を、谷川建司が著書 『アメリカ映画と占領政策』第6章第2節の3、「『始めか終りか』公開を巡る軋轢」で検証している(電子文藝館に掲載)。
 直近の『オッペンハイマー』(Oppenheimer, 2023)は、オッペンハイマー博士の生涯を描き、軍事作戦や大統領発令の下での人間存在と核の共有・拡散防止へ警鐘を鳴らす。2024年米・英アカデミー賞作品賞の受賞映画で、監督・脚色はクリストファー・ノーランである。

 アメリカ合衆国第47代大統領に共和党のドナルド・ジョン・トランプが再選された。共和党は民主党とともに二大政党で、その発祥源はアメリカ合衆国南北戦争(American Civil War, 1861~1865)の時代に遡及する。
 南北戦争を歴史背景にした原作小説と同名の映画は数多い。私が主幹する「映画と文化データベース」 (Movie and Culture Database)には、例えば、『国民の創生』(1915)、『風と共に去りぬ』(1939)、『若草物語』(1949)、『西部開拓史』(1962)、『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990)、『コールドマウンテン』(2003)、『リンカーン』(2012)、『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(2016)の映画データを収納してある。

『風と共に去りぬ』は南北戦争の直前から戦後にかけて激動の時代を、ジョージア州アトランタ近郊を舞台に、タラ農場主の娘スカーレット・オハラがたくましく生き抜く姿を描き、彼女が夕陽の沈む光景に向かって “Tara! Home!… I’ll go home—and I’ll think of some way to get him back. After all, tomorrow is another day!” 「タラ!家!…家へ帰る。――取り戻すことを考えるわ。だって明日があるから!」と叫ぶ言葉はいつまでも観客の心に響く。
『コールドマウンテン』 も注目される映画で、南北戦争を歴史背景にして、4年間に亘る時代を過ごした3人の男女の生き方を描く。故アンソニ・ミンゲラ監督が豊かな美的感覚で描いた映画で、原作はチャールズ・フレイザーの長編小説である。
 戦争前線で負傷して入院したローリー公立病院から、ノースカロライナ州境のコールドマウンテン村へ徒歩で帰郷する途上、肌身離さず携帯していた 『バートラムの旅行記』(Bartram’s Travels, 1791)に触発されて、時代のポピュリズムから覚醒し、当時実在していたW・P・インマンは独自の自己アイデンティティを確立した。
 サウスカロライナ州チャールストンから父モンロー牧師に伴ってコールドマウンテン村へ移住し、父の遺産ブラックコヴ農場をルビーの協力を得て再建させ、自然環境から知識を学んで自我を変容させたエイダ。
 エイダに協力するが、“I’m saying if I’m to help you here, it’s with both us knowing that everybody empties their own night jar”、「私は助けるためにいるけど、自分の便器は自分で片づけること」を条件にし平等で、自給自足の暮らしを豊かにする構想を念頭に、紙幣は無価値に等しく物々交換の価値を認識するルビー。
 小説と映画はインマン、エイダ、ルビーの南北戦争中の人生の旅を主軸にした。アメリカ近代史を読み解くファクターは南北戦争である。国家を二分する戦争の起因は何か。日本では戊辰戦争が同時代である。新政府軍と旧幕府軍の紛争は、新政府軍が巨大な大砲と多人数の兵力を有した。当時のアメリカ合衆国と日本国という別々の地域で起きた内戦は、どちらの国も巨大な武器と多数の兵士を持つ方が勝利した。使用された武器は巨大な大砲であった。ではこの内戦終結後の経緯はどうなったか…。

 映画 『リンカーン』 に南北戦争終結が描かれている。第16代米国大統領に再選後、リンカーンは奴隷制禁止第13条修正案制定か、南北戦争終結が先かの選択を迫られた。議会で激しい論争が連日続き、前線では南北両軍の激戦が繰り広げられていた。議会決定の最終日は1865年4月14日。合意に必要な議員数の残り20票を10日間で追加しなければならなかった。“法の下に人間の自由と平等あり”の信念を持つリンカーン大統領は、修正案制定を先決させるために自ら進んで票集めをした。
 スティーブン・スピルバーグ監督は、リンカーン大統領が苦渋に満ち疲労困憊しながら信念を押し通す敬虔な姿勢を描いた。他方で、南北戦争終結のための交渉が行われ、北軍の合衆国陸軍総司令官ユリシーズ・S・グラントと南軍の将軍ロバート・E・リーが、アポマトックス・コートハウスで降伏交渉を行った。この光景を30秒の映像シークエンスで描く。騎馬上のリーと地上に起立して出迎えてスローチハットを胸におき会釈するグラント、二人の気品ある姿が淡々として印象深い。

 閑話休題、小説や映画で語る表現の自由と人間存在の探求に終りはない。Z世代が生きる未来をディストピアにしないためにどのような提言をすべきだろうか…と、考えさせられる昨今である。