作家の「造語」が残るとき

 日本ペンクラブの「電子文藝館」では、いろいろな作家たちの作品を電子化して、インターネットでいつでも読めるようにしている。「文藝館」という看板を掲げているので、文芸作品の掲戴が多くなる。

 たまには、違う分野の作品も読む。労働経済学専攻の東京大学社会科学研究所の玄田有史げんだゆうじ教授らは、「希望学」(希望の社会科学)という新たな学問のジャンルの確立を目指して格闘している。特に若い世代の労働環境を研究している。玄田教授には、現代の厳しい雇用不安の若い世代にも届くようにと、『希望のつくり方』(岩波新書)という啓蒙書がある。新書版なので若い世代でも比較的手に取り易いだろう。

 この本に日本ペンクラブの第十代会長を務めた遠藤周作の名前が出て来る。

 「希望学の旅は、苦しいこともありましたが、それ以上に楽しい出会いの多かった、苦楽くるたのしい旅でした。苦しいばかりで展望の開けないことは、誰もしたくありません。かといって、楽しいことは最初こそいいですが、案外、すぐに飽きてつまらなくなるものです。一番は、苦しさもあるけれど、それを超えた先で楽しさに出会える、苦楽しいことです。『苦楽しい』は、作家の遠藤周作さんが、心理学者の河合隼雄さんとの対談のなかで、小説を書くことについて問われたときに、おっしゃった言葉だそうです」

 「苦楽しい」思いの成果として結晶された遠藤文学作品を愛して止まない愛読者にとって、遠藤周作の「造語」は、死後も、死語にならず、新しい希望学という学問の道標となっているようなので、紹介した次第である。遠藤周作の鋭い造語感覚が、新しい時代の学問を後押ししている。作家は、ときに、いろいろな言葉を作るが、浮沈が激しく、それが死後も別な分野で生きる、ということは、やはり珍しいのではないか。 

 電子文藝館には、遠藤周作の作品では、「白い人」と「A FORTY-YEAR-OLDMAN」(国際版・International Edition)が所収されていて、読むことが出来る。